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能力試験新出題基準準拠

ー読解1級ー

精選問題集

著者:目黒真実

1
2
前 書 き

 この「精選問題集読解1級」は、各回が長文読解一題と短文読解二題、解説

と解答に分かれています。12 回分ありますから、能力試験直前の読解トレーニ

ングにお使いください。

 さて、読解力を高めるのはどうしたらいいか、といった質問をよく受けます。

試験では、先ず速く正確に読む力が問われますが、この速読力というのは、い

ろいろな種類の文章を、できるだけたくさん読むことを通してしか養うことは

できません。速読力というのは読書量に比例するのです。

 しかし、読解問題の解き方に関しては、ミスを少なくするために、いくつか

アドバイスしたいことがあります。それが以下の三点です。

  1 わからない語にぶつかっても、止まらず、続けて読み進める。

  2 解答は必ず本文の中にあるので、本文の中から探す。

  3 解答の選択は消去法で行う。

 読解問題の本文中には、いくつかわからない語があるのが普通です。しかし、

全体を読めば解答できる場合がほとんどなので、わからない語のところで立ち

止まって時間を浪費しないことです。また、解答の選択に際して、自分の意見

や主観が入らないようにすることが大切です。解答は本文の中にありますから、

本文に書かれていないことは、原則として選択しないようにしましょう。

 また、ミスを少なくするために、正しいものを選ぶのではなく、間違ってい

るか、本文で触れられていない内容を含むような選択肢を、一つ一つ消してい

く消去法を勧めます。問題作成者は、正答(○)のほかに、紛らわしい選択肢

(△)を入れて問題を難しくしようとしますから、正しいものを選ぼうとすると、

この△に飛びついてしまう恐れがあるのです。

 では、読解トレーニングを始めましょう。読解問題は、一度にたくさんして

も効果がありませんから、一日一回で進んでください。

                           目黒真実

3
目    次

    第1回・・・・・・・・・・・・p
    第2回・・・・・・・・・・・・p
    第3回・・・・・・・・・・・・p
    第4回・・・・・・・・・・・・p
    第5回・・・・・・・・・・・・p
    第6回・・・・・・・・・・・・p
    第7回・・・・・・・・・・・・p
    第8回・・・・・・・・・・・・p
    第9回・・・・・・・・・・・・p
    第 10 回・・・・・・・・・・・・p
    第 11 回・・・・・・・・・・・・p
    第 12 回・・・・・・・・・・・・p

4
5
第1回
問題Ⅰ 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。答えは、1、2、3、4から最
     も適当なものを一つ選びなさい。

 木を構成する細胞の一つひとつは、寒いところでは寒さに耐えるように、雨の多い

ところでは湿気に強いように、微妙な仕組みにつくられている。あの小さな細胞の中

には、人間の知恵のはるかに及ばない神秘が潜んでいるとみるべきであろう。それを
は ①
剥いだり切ったり、くっつけたりするだけで、神のつくった微妙な構造までもが改良

されると考えたこと自体、近代科学への過信だったかも知れない。

 木を取り扱ってしみじみ感ずることは、木はどんな用途にもそのまま使える優れた

材料であるが、その優秀性を数量的に証明することは困難だということである。なぜ

なら、強さとか保温性とかいったどの物理的・化学的性能を取り上げてみても、木は

いずれも中位の成績で、最高位にはならないから優秀だと証明しにくい。

 だがそれは抽出した項目について、一番上位のものを最優秀とみなす項目別のタテ

割り評価法によったからである。いま見方を変えて、ヨコ割りの総合的な評価法をと
かたよ
れば、木はどの項目でも上下に偏りのない優れた材料ということになる。木綿も絹も
(注1)
同様で、( ア )割り評価法で見ると最優秀にはならないが、「ふうあい」までも含

めた繊維の総合性で判断すると、こんな優れた繊維はないということは、専門家の誰
(注2)
もが肌を通して感じていることである。総じて生物系の材料というものは、そういう

特性を持つもののようである。

 以上に述べたことは、人間の評価法の難しさに通ずるものがある。二、三のタテ割

りの試験科目の成績だけで判断することは危険だという意味である。(  ③  )今

の社会は( イ )割りの軸で切った上位の人たちが指導的地位を占めている。だが
(注3)
実際に世の中を動かしているのは、各軸ごとの成績は中位でも、バランスのとれた名

もなき人たちではないか。頭のいい人ももちろん大事だが、バランスのとれた人もまた、

社会構成上欠くことのできない要素である。だが今までの評価法では、そういう人た

ちの価値は評価できない。思うに生物はきわめて複雑な構造を持つものだから、タテ
6
割りだけで評価することには無理があるのである。

 科 学技術の急速な進歩で、私たちはすべての対象を物理的・化学的に分析すれば、
(注4)
それで事は足りると考えてきた嫌いがあった。だが生命を持ったものは、たとえ木の

ような素朴な材料であっても、無機質のものとは違うもう一つの神秘な次元を持って

いるのである。いま私たちにとって大切なことは、物から人に視点を移して、発想の

転換をはかることであろう。

 木はそのことを黙って教えてくれているように、私は思う。   

                (小原二郎「木の文化をさぐる」による)

 (注1)ふうあい:繊維や髪などの、手触った感触や見た味わい。

 (注2)肌を通して:自らの体験を通して。

 (注3)バランスを取る:均衡を取る。

 (注4)事は足りる : 不足しないですむ。十分用が足りる。

問1 ①「神の作った微妙な構造」とあるが、それは具体的にはどんなことを指すか。

 1 木も人も同じように複雑な細胞の組み合わせから作られていること。 

 2 木の細胞が寒いところでは寒さに耐えるように、雨の多いところでは湿気に強

   いように作られていること。    

 3 小さな細胞の中に人間の知恵のはるかに及ばない神秘が潜んでいること。

 4 木がどんな用途にもそのまま使える特質を備えていること。

問2 ②「木はどんな用途にも……、その優秀性を数量的に証明することは困難だ」 

   とあるが、どうすれば木の持つ優秀さを知ることができるか。

 1 物理的・化学的な分析    

 2 各項目の平均値からの分析 

 3 項目別のタテ割りの評価   

 4 ヨコ割りの総合的な評価  

7
問3 ア、イに入る語の適当な組み合わせはどれか。

 1 ア:タテ イ:タテ 

 2 ア:タテ イ:ヨコ  

 3 ア:ヨコ イ:タテ           

 4 ア:ヨコ イ:ヨコ 

問4 ( ③ )に入る語はどれか。

 1 てっきり           2 確かに 

 3 きっと            4 さすがに

問5 ④「科学技術の急速な進歩で、私たちはすべての対象を物理的・化学的に分析

   すれば、それで事は足りると考えてきた嫌いがあった」とあるが、それを一言

   で表す語はどれか。

 1 細胞の微妙な仕組み      2 近代科学への過信 

 3 数量的な優秀性の証明     4 生物の持つ神秘な次元

問6 ⑥「いま私たちにとって大切なことは、物から人に視点を移して、発想の転換

   をはかることであろう」とあるが、筆者は何を言いたいのか。

 1 近代科学の方法論では、木や生物系の材料の優れた特性は証明できない。

 2 この社会では頭のいい人よりも、バランスが取れた人の方が大切だ。  

 3 人を二、三のタテ割りの試験科目の成績だけで判断する考えは改めるべきだ。

 4 タテ割り評価法からヨコ割りの総合的な評価法へと、物事の見方を変えよう。

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問題Ⅱ 次の(1)から(3)の文章を読んで、それぞれの問いに対する答えとして、
     最も適当なものを1、2、3、4から一つ選びなさい。

(注1)

(1)「学び」のプロセスは、何らかの感情の動きを伴っている。たとえば、新しい事
態を以前の「知識」で理解できないでいたときに誰かから説明を受け、なるほどそう

だったのかと納得し、それを取り込んで新しい「知識」を自分の中につくるとき、そ

の人は小さな感動という感情を体験するはずだ。自分で調べて発見して納得し、新し

い「知識」を自前でつくりあげるときも、感情の大きな動きを体験する。「やったぁー!」

というのに似た感情だ。だから「学び」というのは、静的で冷たい心の働きではなく、
いとな
動的で情的な、人間にとってとてもうれしい営みになるはずだ。

 こう考えると、私たちは日常、
絶えず「学び」を経験していることがわかる。ただ、
「学

び」にはある種の感動が伴うものであるということを踏まえると、「学び」にも浅い深

いがあると考えたほうが適切だろう。「学び」が深いほど、感動が大きい。( ① )
「学

び」が深ければ深いほど、心身に新しいものが付け加わる度合いが大きく、行動まで

もがそれによって変化することがある、ということもできる。

            (汐見稔幸「『学び』 の場はどこにあるのか」による)

 (注1)プロセス:過程。経過。道程。

問1 ( ① )に入る適当な語はどれか。

 1 なるほど             2 あるいは   

 3 ところが             4 それとも

問2 筆者はどのようなときに、「深い学び」が行われると考えているか。

 1 書物を通して新しい知識を得たとき。

 2 人から説明を受けて、何かを理解したとき。   

 3 日常体験の体験を通して教訓を学んだとき。

 4 自分で調べて、何かを発見して納得したとき。

9
(2)現在では 「ものつくり」というと、需要が期待できる新製品を大量生産するこ
とを即座にイメージしがちである。しかし、工業製品の場合も、需要を呼び起こすのは、

ずばり製品にまで具体化された新機能そのものというより、それがもたらす画期的な

利便性、新しいライフ・スタイル、あるいは魅惑の世界にほかならない。「ものつくり」
しん ずい (注1)
の神 髄 は、ク リエイティヴな見方と、それがもつ可能性を見事に実現する技であり、

音楽、文学、映画、その他の作品も、この点ではやはり「ものつくり」の成果である。

 科学者がつくるもの、すなわち理論は、職人や芸術家がつくる作品に相当する。本

格派の科学者に共通するのは、ものごとのクリエイティヴな見方と、それを利用可能
にゅうねん
な理論にまで仕上げる入念な技にほかならない。今までとは少し違った「ものの見方」
くつが
から、従来の常識をより豊かにする方向へ、つまり従来の常識を覆して終わるのでは

なく、広い意味で新しい「ものつくり」の方向へと向かった人々の歩みこそが、科学

の歴史にほかならない。しかも、そのきっかけになる驚きや理解の修正は、昔も今も

難しい書物のなかにではなく、誰もが普段から経験していることのなかに満ち溢れて

いる。より正確に言うと、それらは人と人との交流のなかに、満ち溢れていることが

分かる。             (瀬戸一夫「科学的思考とは何だろうか」より)

 (注1)クリエイティブ:創造的な

問1 ①「そのきっかけ」とあるが、「その」は何を指すか。

 1 クリエイティヴな見方                

 2 「ものをつくる」方向 

 3 利用可能な理論                

 4 人と人との交流

問2 筆者が言う「ものつくり」とは、どういう意味か。

 1 需要が期待できる新製品を大量生産すること。

 2 新機能を備えた製品を開発すること。 

 3 クリエイティヴな見方を、誰もが利用可能な形にまで仕上げること。

 4 画期的な利便性や新しいライフ・スタイルを生み出すこと。

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(注1)

(3)  土近く 朝顔咲くや 今朝の秋    (虚子)
すずかぜ
( ① )夏のものとは思われないような涼風が立ち、
 朝起きて、庭におりてみると、

青い朝顔の花が露を含んでひっそりと咲いていた。どこかで低い声で虫も鳴いている。

こんな季節の朝を表わしたのが、「今朝の秋」ということばである。(   ア   )

この季語は、それだけ多くの俳人に愛されたということに違いない。(   イ   )

 一般に日本人は、季節の盛りよりも、冬から春へとか、夏から秋へとか、移るその
(注2) (注3)
変わり目に着目する傾向があるようで、和歌にも「秋来ぬと 目にはさやかに 見え
(注4)
ねども風の音にぞ 驚かれぬる」と、知らないうちに忍びこんだ秋をうたったものが

多い。(   ウ   )過ぎ去ってゆく季節に対する愛惜の情と、新しく迎える季節
(注5)
に対するほのかな期待が、四季の変化の激しい風土に住む日本人に、すぐれた和歌や

俳句の作品を作らせたと言っていい。(   エ   )

                   (金田二春彦著『ことばの歳時記』より) 

(注1)朝顔:ヒルガオ科の蔓性一年草で、朝花を咲かせる。

(注2)さやかに:はっきりと

(注3)見えねども:見えないけれども

(注4)驚かれぬる;驚かされる

(注5)ほのか:光・色・香りなどがわずかに感じられるさま。

問1 ( ① )に入る語はどれか。

 1 やがて             2 かえって 

 3 けっきょく           4 もはや

問2 『「歳時記」を開いてみると、この季語を使った俳句が随分たくさん載っている。』

    という文は、ア〜エのどこに入るか。

 1 ア               2 イ      

 3 ウ               4 エ

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解答と解説

問題Ⅰ
はるかに: くっつける:

しみじみ: いずれも:
かたよ
〜を〜とみなす: 偏り:
つう
ふうあい: 〜に通ずる:
おも
バランス: 思うに:
こと た きら
事は足りる: 〜嫌いがある:

<解   説>

問1:木について書かれた段落であり、1は述べられていない。2〜4の中からの選

   択となるが、「微妙な構造」について具体的に述べているのはどれかという選択

   になる。

問2:「物理的・化学的な分析」=「項目別のタテ割り評価法」であり、どちらも除外

   される。2か4にが残るが、総合的に見ることと平均値を見ることは異なる。
かたよ
問3:問題はイだが、筆者が「バランスのとれた人」と「上下に偏りのない優れた材

   料である木」を類似したものとしていることに気づけば、答えはわかる。

問4:「きっと」と「てっきり」は推量の副詞で、「てっきり」は錯覚や誤解していた

   ときに使う。「確かに」は「間違いなく」、
「さすがに」は「予想や期待のとおり」

   を表す副詞。

問5:「〜嫌いがある」が悪い傾向を表すときに使う文型だとわかっていたか。

問6:筆者は「木」の例を通して命を持ったものは物理的・化学的分析=縦割り評価

   だけでは優秀性がわからない存在であることを読者に伝えた。では、筆者はな

   ぜ「木」の例を取り上げたのか。結局、人間を「二、三のタテ割りの試験科目

   の成績だけで判断することの危険」を訴えたいからである。 

問題Ⅱ
(1) いとな
プロセス: 営み:
た ふ
絶えず: 〜を踏まえる:

12
<解   説>

問1:「なるほど」は事情や理由を納得したときに使う副詞、「ところが」は予想外の

   事態を表す接続詞。「それとも」は「するか、それともしないか」のように、疑

   問文と疑問文をつないで、どちらかを選択するときに使う接続詞、「ある(或)

   いは」は、二つの語や句をつないで、そのどちらかという選択に使う接続詞。

問2:前の段落に、小さい感動と大きな感動の具体例が述べられている。

(2)
イメージする: ずばり:

ライフ・スタイル: クリエイティブ:
にゅうねん くつがえ
入念: 覆す:

<解   説>

問1:驚きや理解の修正は、何のきっかけになるのか。なお、「そ」は常に前に来る語

   や内容を指すので、4はあり得ない。 

問2:1,2でないことは、冒頭の文三行からわかる。では、科学者にも共通する広い

   意味で使われている「ものつくり」は、3,4のどちらか。

(3)
あさがお
朝顔: ひっそり:

さやかに: ほのか:

<解   説>

問1:副詞の意味を知っているかどうか。なお、「もはや」は「もう」の古い言い方。

問2:実際に入れて読んでみるのが一番。「この季語」が「今朝の秋」だとわかると、

   アかイのどちらかだとわかる。

<第1回解答>
問題Ⅰ 問1:2 問2:4 問3:1 問4:2 問5:2 問6:3
問題Ⅱ (1)問1:2 問2:4   (2)問1:1 問2:3 
    (3)問1:4 問2:1 

13
第2回
問題Ⅰ 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。答えは、1、2、3、4から最
     も適当なものを一つ選びなさい。

(注1)
 わずか数羽しか残っていないトキは、国民の大きな関心を集めてきた。保護された

トキが卵を産み、ひながかえって育つ過程は、マスコミに大きく報じられた。2003 年

10 月、日本最後のトキが死亡した。少し想像力のある人なら、トキの絶滅を招いたの

は、環境の変化だろうということに思い至るだろう。実際にはトキのように個体数が

減ってしまった生物を何羽か増やしたところで、元から棲んでいた場所には帰せない。

絶滅しそうな生物を保護しても、自然というシステムからはすでに切り離されている。

自然というシステムから見れば、( ① )のと同じことである。

 絶滅の危機を叫ぶと、逆にその意味が薄れる可能性がある。具体的には、トキの保

護に懸命な皆さんの様子が報じられると、「なぜあんなに必死になるのだろう。トキが

死に絶えたって、人間の生活に関係ないよ。」と考える人も出てくるはずである。こう

いう発想が出てくるのは、ある生物が絶滅しても、それが自分にどう跳ね返ってくるか、

それが見えないからである。

 実はそこに生物多様性の意義がある。(  ア  )自然はたくさんの構成要素が複
(注2)
雑に作用しあう巨大なシステムである。(  イ  )システムというものは本来、そ

れを壊そうとする力が働いても動かない。安定したものである。(  ウ  )ある生

物が絶滅しても、何も起こらないように見えるのは、自然というシステムがいわば「自

動安定化機構」をもっているからである。(  エ  )思いがけないところをつかれ

たとき、一気に崩壊することもありうる。

 トキが自然界から隔離されても、今のところ、自然というシステムはさほど影響を

受けていない。それは、トキがシステムにとって重要でなく、別の生物が重要だとい

う意味ではない。自然というシステムは、たくさんの生物が影響しあって微妙なバラ

ンスを保っている。今回の場合、トキの影響は目に見えるほどではなかったが、別の

条件の下だったら、もっと深刻な事態を招いたかもしれない。あるいは、長い時間が経っ
14
     
た後で、大きな影響が現れるかもしれない。システムを構成する何かが欠けたとき、

どんな影響がいつ現れるかは予測がつかない。

 これを逆向きにいうと、システムを構成する要素は、システムを維持するためにい

つもなんらかの役割を果たしている可能性があるということになる。だから、システ
つつし
ムの構成要素をいたずらに減らすことは慎むべきなのである。自然の構成要素である

生物の多様性を保つ必要があるのは、そのためでもある。

                   (養老孟司「いちばん大事なこと」より)

 (注1)トキ:コウノトリ目トキ科の鳥。右の絵。

 (注2)システム:組織。系統。仕組み。

問1 ( ① )に入る適当な語はどれか。

 1 関係した           2 絶滅した    

 3 維持した           4 崩壊した

問2 ②「絶滅の危機を叫ぶと、逆にその意味が薄れる可能性がある」とあるが、そ

   れはなぜか。

 1 トキの絶滅を招いたのは、環境の変化によるものだから。   

 2 絶滅しそうな生物を保護しても、無意味だから。  

 3 トキが絶滅しても、人間の生活に関係ないと考える人も出てくるから。

 4 個体数が減った生物を何羽か増やしても、元の場所には帰せないから。

問3③「生物多様性の意義」とあるが、どのような意義があるのか。

 1 食料の供給、衣料の原料、薬となるなど、貴重な生物資源であること。

 2 生物種が絶滅したとしたら、自然というシステムが崩壊する恐れがあること。

 3 自然というシステムは「自動安定化機構」をもっていること。

 4 多くの生物が影響しあって、自然というシステムのバランスを保っていること。

15
問4 「しかし、システムにも弱点がある。」という一文は、第三段落ア〜エのどこに

   入るか。

 1 ア               2 イ  

 3 ウ               4 エ 

問5 ④「そのため」とあるが、「その」は何を指しているか。

 1 トキが自然界から隔離されても、今のところ、自然というシステムはさほど影

   響を受けていないこと。  

 2 トキが自然界から隔離されたことで、長い時間が経った後で、大きな影響が現

   れるかもしれないこと。  

 3 システムを構成する要素は、システムの維持になんらかの役割を果たしている

   可能性があること。    

 4 自然というシステムの維持するにも、システムの構成要素をいたずらに減らす

   べきではないこと。

問6 自然のシステムに対する筆者の考えとして、適切なものはどれか。

 1 自然のシステムは複雑で、その全てを究明することは難しい。

 2 現状では、自然のシステムはまだ安定していると言える。 

 3 自然のシステムが崩壊しつつあり、人間の保護を必要としている。

 4 自然のシステムの解明によって、人は自然をコントロールできるようになる。

16
問題Ⅱ 次の(1)から(3)の文章を読んで、それぞれの問いに対する答えとして、
     最も適当なものを1、2、3、4から一つ選びなさい。

(1)「弱肉強食」という形容詞は、この世の生きとし生ける動植物に、あまねく通用
する言葉であると思われるし、この世の生物の各種が、どれも均等に生き続けていら

れるよう目に見えない力が存在することを意味している哲学的な名句だと言えそうだ。

 「イワシは大海原の牧草である」と言われるだけに、マグロ類やカジキ類、さてはサ
(注1)
メ類の如き大型の肉食魚類は、イワシを十分に食べて、大きく育ってゆく。

 さて、大型肉食魚類の襲撃を受けたイワシ類は、ひたすらに逃げまわるが、自然は

イワシの「種」を守るためにイワシに色々な特徴を与えている。まず群れをつくるこ
(注2) い す
とが、弱いイワシに「力」を与えている。イワシを網で捕って、活け賛に泳がせてお

くと、イワシはすぐ群れをつくって活け賛の中をくるくる回り始める。群れを作るこ

とで自分より大きい魚を撃退するのであるが、この群泳が続く限り、個々のイワシの
あんたい
生命は安泰なのである。このように自然は弱い魚にほど色々の( ② )を与えている。

                      (末広恭雄「想魚記」より)

 (注1)イワシ:水面近くを群泳する小魚で、秋が旬とされる。

 (注2)生け簀:漁獲した魚や料理などに使う魚を生かしておく所。

問1 ①「イワシは大海原の牧草である」とあるが、何をたとえているか。

 1 イワシは群れを作って海を回遊すること。             

 2 イワシは数が多く、大きな魚の餌となること。    

 3 イワシは人間にとって大切なタンパク源であること。           

 4 イワシは海の広い範囲に存在していること。

問2 ( ② )にはどの語が入るか。
すべ
 1 繁殖力            2 防衛の術   

 3 適応能力           4 生命力

17
(2) 個性というものは、髪を金色に染るとか、青いアイシャドーをつけるとか、そ
んなものではないのです。
(注1)
 超一流の国際展のレ セプションに出席してみると、実に面白いことに気づきます。

芸術家っぼい変わった服装をしている人は、まず出品している作家ではありません。

そうなりたい二番手の連中や「とりまき」です。本人たちはグレーのスーツにノー・

ネクタイとか実に地味なものです。びっくりするような格好で歩いている芸術家がい

たら、まず間違いなく作品は大したことありません。本物の芸術家というのは、夢中

になってものをつくっているので、他人から見て服装が個性的かどうかなどというこ

とには全く関心がないのです。

 ギリシャ、エジプトの美術を思い出してください。個性的に描こうなどとは決して

思っていない作品です。だからこそ、その時代という強い個性が結果的に浮かび上がっ

ているのです。大切なのは普通の人が見て、なんで今までこれがなかったのだろうと

思えるような、(  ①  )の独創性ということです。良いものは全てずっと前から

あってもおかしくないと思われるような、そんな普通で確かなものです。今まで気づ

かなかった、それに気づくということ、その新鮮な切り口こそ求められているものな

のです。             

                     (千住博 「絵を描く悦び」 による)

 (注1) レセプション:招待会。

問1 ( ① )に入る適当な語はどれか。

 1 格好             2 個性    

 3 切り口            4 作品

問2 筆者はが考える個性的な作品とはどのようなものか。

 1 今までになかった奇抜な作品です。

 2 本人の性格や特徴が浮かび上がっているような作品です。

 3 どこにでもあるようなものを、今までにない観点からとらえた作品です。  

 4 個性的に描こうなどと思わないで自然に描いた、普通で確かな作品です。

18
あいまい

(3)日本人、日本語は、曖昧さに寛大である。それを没論理として非難する向きも
あるが、洗練された言語感覚はどうしても含みのある言葉を喜ぶ。
(注1)
 日本文学の中でも、俳句はことに曖昧性の高いジャンルである。わずか 17 音で表す

ことができるのは、ごく小さな世界でしかない。( ① )、小さな詩が少しのことし

か表せないのでは存在意義がない。小さな形式で大きなものが暗示できてこそおもし
(注2)
ろいのである。そのためには敢えて言い切らず、ぼかしておく部分が必要なのである。

   古池や かはづ飛び込む 水の音   (芭蕉)

において、「古池の」とすれば、これはただ「かはづ」を修飾するにとどまる。「古池」

を「かはづ」と断絶させるために「や」が用いられる。そのために「古池」から「か

はづ」へ直線的に言葉が流れないで切れ目ができる。そこに「それで?」という興味

が生じ、余情が誘発される。この余韻は読者によって大きく異なるから、句意も人によっ

て微妙に違ってくる。正に曖昧であるからこそおもしろいのだ。このように、俳句ほ

ど曖昧であることに積極的意義を見いだしている文芸はほかに例がないのではあるま

いか。

           (外山滋比古『鑑賞日本古典文学』「俳句の方法」による)

 (注1)ジャンル:部門。種類。

 (注2)ぼかす:表現をあいまいにして、内容をぼんやりとさせる。

問1 ( ① )にはどの語が入るか。

 1 しかし            2 ちなみに  

 3 もっとも           4 ならびに

問2 ②「俳句ほど曖昧であることに積極的意義を見いだしている文芸はほかに例が

   ない」とあるが、それはなぜか。

 1 洗練された言語感覚は含みのある曖昧な言葉を選ぶものだから。  

 2 17 音で表すことができるのは、ごく小さな世界でしかないから。

 3 17 音という小さな形式で、多くのことを暗示する必要があるから。

 4 読者によって、句意も誘発される余韻も大きく異なるものだから。

19
解答と解説

問題Ⅰ
トキ: ひな:
ま すい
(ひなが)かえる: (麻酔を)かける:

いわば: 思いがけない:

いたずらに:

<解   説>

問1:トキは生き物なので、「崩壊する」ではなく、「絶滅する」となる。

問2:後ろに続く「具体的には……」の中で述べられている。

問3:1は生物多様性の経済的な意義といえるが、本文では述べられていない。3は「生

   物多様性」そのものに触れたものではない。そこで、2か4が残るが、質問の「生

   物多様性の意義」としてふさわしいのはどちらかということになる。

問4:「しかし、システムにも弱点がある。」が続くのであるから、前はシステムの長

   所が述べられていることになる。 

問5:この問題は「どうして生物の多様性を保つ必要があるのか」と考えるとよい。

問6:消去法が最善。2,4は文章全体の流れから言ってもおかしいが、2,3,4が 

   については、直接触れた記述はないことにも注意しよう。

問題Ⅱ
(1)
い い
生きとし生ける: あまねく:

イワシ(鰯): マグロ(鮪):

カジキ(旗魚): サメ(鮫):
い す
ひたすら: 生け簀:

くるくる:

<解   説>

問1:後ろに続く文で述べられているが、牧草を食べる牛や羊に相当するのは何か?

問2:前の文に「群れを作ることで自分より大きい魚を撃退する」とあるが、それは

   何を表すか。なお、「術(すべ)」は「方法」を表す。

20
(2)

アイシャドー: レセプション:
まず〜ない: とりまき:
ギリシャ: エジプト:
き くち
切り口:

<解   説>

問1:内容から言って、1,2は不自然。3か4か、前後の文を読んで慎重に選択する

   必要がある。よく考えないで解答に飛びつくと、「作品」を選ぶ恐れがある。

問2:
「気づかなかった、それに気づく」「新鮮な切り口」が意味する内容を考えてみる。

   消去法で間違いであるものを一つ一つ消していこう。

(3)

向き:(ある傾向を持った人) ことに:

ジャンル: ぼかす:

かはず(蛙):

<解   説>

問1:接続詞の問題は、前の文と後ろの文のつながり方に注目する。逆説の接続詞が

   入るとわかれば、「しかし」と「もっとも」のどちらかになるが、「もっとも」 

   は「しかし、例外があって」という意味なので、ここでは不適切。なお、「ちな

   みに」は「それに関連して、参考までに述べれば」という意味の接続詞、「なら

   びに」は二つの物事を並べるのに用いる接続詞で「そして」とほぼ同義。

問2:「どうして俳句は曖昧さに積極的な意義を見いだしているのか」と考える。俳句

   に関係するのは、2,3,4だが、4は理由ではなく、曖昧さが生む結果或いは

   効果の一つと言えるので、2か3かという選択になる。

<第2回解答>
問題Ⅰ 問1:2 問2:3 問3:4 問4:4 問5:3 問6:1
問題Ⅱ (1)問1:2 問2:2   (2)問1:3 問2:3 
    (3)問1:1 問2:3 

21
第3回
問題Ⅰ 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。答えは、1、2、3、4から最
     も適当なものを一つ選びなさい。

 人が生まれて百目、まだお乳しか飲めないのに、「お食い初め」には自分のお箸とお

茶碗を揃えてもらう。この時からお箸との付き合いがはじまるのだ。
「お食い初め」と

いう言葉は、聞く度に何か胸にしみるものがある。まだ何も食べられもしない赤ちゃ

んに、いくら「お」の字を付けたからといって、「食う」という言葉はあまりにあから

さまな言い方だ。「食べ初め」でもよさそうに思うが、「一生飯を食い続けていけるよ

うに」と念ずる、切なる親心が覗いているような気がする言葉である。

 お箸は米を主食にする国で使われるが、それぞれの国の調理方法によって、長短太
ぞう げ ふう
細がある。使い慣れればどれも同じなのだろうが、中華料理で出される象牙風の円筒

形の長めの箸は、どうも使い勝手がいいとは思えない。あの寸胴に切り揃えた先は、

小さいものを摘むのには向いていない。中華料理は材料をみんな一口大に揃えてあっ
あじ
て、鯵一尾丸ごと塩焼きなどは出てこないのだろうから、困らないのかもしれない。
す で
 同じ米でもインドになれば、素手のまま上手に品よく口へ運ぶ。( ② )指の先の

感覚でおいしさを知るのだと聞かされると、日本人の喜ぶジャポニカ米より粘り気の

少ない米を好む国の食べ方は、また別のものなのだと思う。

 子供の時、親から箸の持ち方を度たび注意されて、うっとうしく思った覚えがあるが、

それもいつのまにか慣れてしまえば、こんなに単純でしかも使いよいものはない。

 近ごろは、日本人顔負けの箸 を達者に使う外国人を、よく見かけるようになった。

洋の東西を問わず、手の器用な人はいくらでもいて不思議はないのに、箸を使う外国

人に対して、我々はぐつと親しみを持つ。もし他国の人が、ナイフ、フォークで食事

をする日本人を見ても、特に感じることはなく、少しぎこちない食べ方だなと思うく

らいのことだ。この差は何なのだろう。多分、日本人がものを食べるとき、箸を特別

なもの、自分と直結しているものとして使っていることにあるかと思う。

 料理を口に運ぶ時、箸を口に入れたとは感じない。料理が口に入ったとしか思って

22
いないのだ。箸は敏感な口のどこにも触らず、適量の食べものを巧妙に運んでいる。

これは箸以外のものでは出来ないことだと思うのは、こちらの思い過ごしだろうか。

 食事をとることは、命につながる大事なことだが、人はそれだけでは満足しない。

加えていかにおいしく食べるかは、最大の楽しみである。口に食べもの以外のさじや

フォークが触ることは、大したことではないが、なにか邪魔な気がする。箸は知らず

知らずのうちに邪魔にならずに食事を助けている。道具というより、手の一部、もし

くはそれ以上の役目を果たしていると思う。

                      【青木 玉 『底のない袋』より】

 (注1)あからさま:世界保健機構。国連の専門機関の一つ。

 (注2)親心が覗く:親の気持ちが一部見える。

 (注3)使い勝手:使いやすさ。

 (注4)ジャポニカ米:粒が短く炊くと粘りがある米。

 (注5)うっとうしい:

 (注6)顔負け:

 (注7)ぎこちない:

 (注8)もしくは:「あるいは」の少し古い言い方。

問1 ①「お食い初め」という言葉は、聞く度に何か胸にしみるものがある。」とあるが、

   筆者は「お食い始め」ということばに何を感じるのか。

 1 あからさまさ         2 子を思う親の愛情  

 3 庶民への親しみ        4 ユーモア

問2 ( ② )に入る適当な語はどれか。

 1 あるいは           2 したがって    

 3 それなのに          4 しかも

23
問2 ③「箸を達者に使う。」とあるが、この「達者に」はどのような意味で使われて

   いるか。

 1 げんきに            2 じょうずに    

 3 いそいで            4 ゆっくり

問4 ④「この差はなんだろう」とあるが、筆者はどうして「この差」が生まれたと

   考えているか。

 1 ナイフ、フォークより、箸の方が使いやすいから。

 2 現在でも箸を使える外国人は珍しいから。

 3 日本人は箸を使う外国人に対して親しみを感じるから。 

 4 日本人にとって箸は単に物を食べるだけの道具ではないから。

問5 ⑤「いかにおいしく食べるかは、最大の楽しみである」とあるが、箸はおいし

   く食べるためにどのように役に立っているか。

 1 箸は口のどこにも触らず、口に適量の食べ物を運ぶことができる。

 2 小さい物を摘むのには、ナイフ、フォークより、箸の方が便利である。

 3 ご飯やおかずを摘んだとき、箸の先でおいしさを知ることができる。

 4 箸はご飯やおかずの味を一層おいしくする調味料の役目をしている。

問6 箸についての筆者の考え方と合っているのはどれか。

 1 箸は物を食べる道具として、ナイフ、フォークより機能的に優れている。

 2 手で食べるよりも箸で食べる方が、衛生的であり文明的である。 

 3 日本人にとって、箸は手の一部とも言うべき、自分と直結したものである。

 4 箸はナイフ、フォークより、使い慣れるまでに時間がかかる。

24
問題Ⅱ 次の(1)から(3)の文章を読んで、それぞれの問いに対する答えとして、
     最も適当なものを1、2、3、4から一つ選びなさい。

(1)先日、ワールドカップ日本代表の監督が、「予選リーグを一勝一敗一引き分けで
決勝リーグに進みたい」と言うのを聞いた。一勝一敗一引き分けは、おそらく専門家
ひき
の目から見ておそらく妥当な目標なのだろう。ただ、評論家ではなく、戦う集団を率
① いちまつ
いる指導者の言葉として、一抹の不安を感じないわけにいかなかった。

 プロボクサーなども試合直前には、ひどい恐怖にとらわれるという。「オレは強い。

世界一強い」とひたすら自己暗示をかけ続けることでどうにか耐えるらしい。ゴルフ

のある女子プロは、パターではボールが必ず穴に入ると信じて打つことが大事で、入

ればいいなと思っているようでは 絶対に入らない、と語っていた。

 客観的に自己を見つめ分析する、などということをしていたら、まともな人間は早晩、

自信を喪失し潰れてしまう。自己懐疑も同様である。スポーツに限らず、
(  ②  )

の最大任務は、率いる人々に勇気と楽観を与えることなのだと思う。そして、この勇

気と楽観こそが、人間の能力を開花させる絶対条件なのである。        

                   (藤原正彦『古風堂々数学者』 による) 

いちまつ
問1 ①「一抹の不安を感じないわけにいかなかった。」とあるが、どうして筆者は監

   督の発言に不安を感じたのか。

 1 一勝一敗一引き分けという目標が妥当ではないと思ったから。  

 2 選手たちが不安になり、自信を失うかもしれないから。

 3 選手たちを励まし、勇気や楽観を与えることにはならないから。

 4 選手たちの心に、一敗ぐらいしてもいいという気持ちが生まれるから。

問2 ( ② )にはどの語が入るか。

 1 監督              2 評論家   

 3 指導者             4 専門家

25
(2)始発駅に電車が入ってきて、やがてドアが開くと、並んでいた客たちは目の色
を変えて座席になだれ込む。自分さえ座れれば、他人のことはどうでもよい。客たち

の振る舞いはなかなか素早く、賢い。

 ホームで並ぶというルールは、共同体の道徳から来ている。この道徳を言ったり守っ

たりさせているものは損得の判断、つまり知性だと言える。ホームのような場所で利

己的に振る舞うことによる身の危険を知性はよく知っている。だから、私たちはホー

ムで行儀よく並ぶ。ドアが開くまでは我慢して並ぶのである。

 電車で席を譲ることと、ホームで並ぶこととは本質的に違う。自分の利益を考えて

席を譲るのではないし、「お年寄りに席を譲りましょう」という指示に従って譲るので

もない。言葉のない何かしらの内なる声に引っ張られ、人は自発的に席を譲るのである。

 それは共同体に道徳をもたらす元の力であり、この力にはまだ言葉がない。この力は、

「人間が生きていくには共同体が要る」という事実から生まれている。この力は潜在的

ではあるが、抽象的ではない。そこから知性を越えた「仲間を助けよう」という本能

的な欲求が突然生じるのである。群れの中に生まれ落ちた人間という知性動物の倫理

の原液が正にここにある。

                   (前田英樹「倫理という力」より)

問1 ①「それは」とあるが、何を指しているか。

 1 知性              2 損得の判断   

 3 内なる声            4 倫理

問2 ②「倫理の原液」とあるが、その説明として正しいのはどれか。

 1 個人の心の中にある社会の役に立ちたいという欲求である。

 2 人を含む生き物が自分の身を守ろうとする自己保存の本能である。

 3 人間という知性動物がもつ、集団に適応しようとする欲求である。

 4 集団を作ってしか生きてこられない人間の心に潜む、相互扶助の欲求である。

26
(3) いつからいつまでが青春期などと、青春を時間的に定義できるものではない。
自分の生き方を模索している間が青春なのである。それは人によって短くもあれば、

長くもある。はじめから老成してしまっていて、青春など全く持たない人も珍しくは

ない。どういうわけか、最近その手の若者が増えているような気がする。肉体は若く、

精神は老いぼれた青年である。世間の常識から一歩も外れないようなことばかり言い、

そういう身の処し方、生き方しかしようとしない。そういう人の人生は、精神的には

墓場まで一直線の人生である。

 恥なしの青春、失敗なしの青春など、青春の名に値しない。自分に忠実に生きよう

とするほど、恥も失敗もより多くなるのが通例である。若者の前にはあらゆる可能性

が開けているなどと言われるが、この「あらゆる可能性」には、失敗の可能性もまた

含まれていることを忘れてはならない。先に述べた精神だけが老化した青年というの

は、実はこの失敗の可能性を前にして、足がすくんでしまった青年のことである。彼

らは口を開けば人生にチャレンジしない自分の生き方について、いろいろ聞いたふう

のことを言うかもしれない。しかし、真実は、彼は人生を前にして足がすくんでしまっ

ているというごく単純なことなのだ。       (立花隆「青春漂流」による。)

問1 ①「その手の若者」の「手」と同じ使い方をしているのはどれか。

 1 手が足りないから、人を呼んできて。          

 2 この手の骨董品は値段があってないようなものです。

 3 ほんとうに手のかかる子だね。            

 4 私を騙そうたって無理。その手はくわないよ。

問2 ②「精神は老いぼれた青年」とあるが、筆者はどうしてそのような青年になる

   と考えているか。

 1 自分の生き方を模索したことがないから。

 2 世間の常識を大切にしているから。

 3 自分にチャレンジして、失敗することを恐れているから。

 4 自分に忠実に生きようとしないから。

27
解答と解説

問題Ⅰ
ねん
あからさま: 念ずる:
せつ のぞ
切なる: 覗く:
あじ す で
鰺: 素手:

ジャポニカ米: うっとうしい:
かお ま
顔負け: ぎこちない:
やく め は
もしくは: 役目を果たす:

<解   説>

問1:後ろの文に、「『一生飯を食い続けていけるように』と念ずる、切なる親心が覗

   いているような……」とある。 

問2:前の文と後ろの文が、並立か、或いは添加の関係にあることがわかるかどうか。

問3:「達者」は「物事に熟達していること=上手」を表す用法がある。

問4:まず、「この差」が何を指しているかを正確に把握する必要がある。すぐ後ろに

   続く文が理由を説明しているが、日本人にとって、箸は単なる道具以上の特別

   な物であることは、一番最後の文でも触れられている。

問5:3、4は明らかな間違い。2は「おいしく食べる」こととは関係がない。 

問6:2,4のどちらも、この文中では触れられていないこと。また、箸とナイフ、フォー

   クを比べて、「箸は敏感な口のどこにも触らず、適量の食べものを巧妙に運んで

   いる。」とは述べているが、機能的な優劣までは述べていない。

問題Ⅱ
(1)
ワールドカップ: リーグ:
ひ わ ひき
引き分け: 率いる:

パター:

<解   説>

問1:最後に「この勇気と楽観こそが、人間の能力を開花させる絶対条件なのである。」

   とあるが、筆者の不安はこのことと関係している。

       
28
問2:「監督」か「指導者」が残るが、すぐ前に「スポーツに限らず」とあることに注

   意しよう。

(2)
こ ふ ま
なだれ込む: 振る舞う:
ひ ぱ
引っ張る: もたらす:

<解   説>

問1:「そ」は常に前に来る語や内容を指す。したがって、「倫理」は外れる。また、 

   筆者は前の段落で「損得の判断、つまり知性」と述べているように、1,2は同

   じ内容を表しているので、解答ではない。

問2:「人間が生きていくには共同体が要る」→「『仲間と助けあおう』という本能的
   な欲求」=「倫理の原液」という文の流れが掴めていれば難しくない。

(3)
て お
手:(=種類) 老いぼれる:
あし
足がすくむ: チャレンジ:

聞いたふう:

<解   説>

問1:この「手」は種類を表している。

問2:次の段落に、「先に述べた精神だけが老化した青年というのは、実はこの失敗の
   可能性を前にして、足がすくんでしまった青年のことである。」とある。この「足
   がすくむ」は恐怖感から一歩前に踏み出せない様子を表す語であり、それをこ
   の文章の文脈から考えるとよい。常に、全体から部分を見るようにしよう。

<第3回解答>
問題Ⅰ 問1:2 問2:4 問3:2 問4:4 問5:1 問6:3
問題Ⅱ (1)問1:3 問2:3   (2)問1:3 問2:4 
    (3)問1:2 問2:3 

29
第4回
問題Ⅰ 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。答えは、1、2、3、4から最
     も適当なものを一つ選びなさい。

 民族の歴史を語り伝えるにも、男女が愛をささやくにも、四季の移りゆきを見て嘆
しる
きを歌うにも、人は言語を用いる。永遠の真理を記し、未来の世界を想像するにも言

語に頼る。人は言語を持つことによって人間となった。

 その一つ一つの言葉が言葉として人間社会に存在するには、その手順がある。人間

が自然界の存在物や、自然界で働く作用や、あるいは人間の動作、ものごとの性質と

か状態などを一つの対象としてとらえて、それを社会的な話題としようと思う。その

とき、人はそれに名前を与える。名前が与えられて初めてそれは社会的な対象となる。

その生まれた名前、つまり言葉が、もし社会で真に必要な言葉であるならば、それは

その社会に一つの位置を占め、生存権を得る。その社会の人々はその言葉を知り、理

解しなければならなくなる。

 ( ② )春、夏、秋、冬という四季を表す言葉は、世界各国にあると思われるかも

しれない。しかし、それは日本のような四季の変化が明らかな国のことである。大陸

の北部で春、夏の区別がほとんどないようなところに住む種族の言語には、春と夏と

を分ける言葉がないという。また、馬と深い関係がある生活を営む社会では、一歳の

馬、二歳の馬、三歳の馬、妊娠したことのない馬、妊娠出産したことのある馬、その他、

実に多くの馬が、それぞれ別の言葉で表現される。(    ③    )このように、

その社会で必要があるときには言葉は豊富さを加え、その社会に特定の物や観念が欠

けていれば、それを指す言葉はない。

 日本人は、( ア )という言葉で、垂直という観念と、前方後方に一直線という観

念とを表す。しかし英語にはこの二つの観念を一つの言葉で表しうるものはないらし

い。日本語の( イ )は、上下垂直に対して水平面上の左右の方向をいい、また、

外れた方向という意味を指すが、英語には一語でこの二つの観念を表す言葉はないよ

うだ。また、「渋い趣味」という言葉があるが、「渋い」は本来、物の味についていう

30
言葉である。英語には味の渋さを表す言葉はいくつかあるが、それが「地味で上品な

味わいを持つ」という意味で使うことはないらしい。

 つまり、物事のとらえ方には、各社会にそれぞれ独自の型がある。その型はその社

会の言語に投影され、言語上の慣習として伝承されてきて、その社会の成員たちの物

事の把握の仕方を暗黙のうちに規制している。このように見ると、個々の言葉は、判
じょうちょ
断や思想や情緒を表現するための単なる材料であるということはできない。むしろ一

つ一つの言葉自身が、その成立、展開、消滅という過程のうちに、その言葉を成立さ

せた社会の状況、その社会の人々の判断、感情、感覚を、率直に反映しているものな
ゆ えん
のである。ここに言語が「文化の中の文化」と言われる由縁がある。

                   (大野 晋 「新版 日本語の世界」 より)

問1 ①「それはその社会」とあるが、「その社会」とは何を指すか。

 1 言語を用いる人間社会             

 2 その言葉を必要とする社会

 3 その対象に名前を与える社会              

 4 民族の歴史を語り伝える社会

問2 ( ② )にはどの語が入るか。

 1 つまり             2 なるほど   

 3 なぜなら            4 例えば

問3 ( ③ )にはどの文が入るか。

 1 そのとき、その対象に名前を与える必要が生まれる。           

 2 それはそれぞれが意味の異なった資材である。   

 3 それはその社会の生活に、馬をそう区別して扱う必要があるからである。

 4 それなしでは言語表現が成立しない。

31
問4 ア、イに入る語の組み合わせとして適当な物はどれか。

 1 ア:タテ  イ:ヨコ

 2 ア:ヨコ  イ:タテ

 3 ア:ウチ  イ:ソト

 4 ア:ソト  イ:ウチ

問5 ⑤「その社会の成員たちの物事の把握の仕方を暗黙のうちに規制している。
」と

   あるが、それはどのようなことを言っているか。

 1 言語に投影された物事は、その社会の成員が自らの生活の必要から切り取った

   対象の一断面であるが、普段そのことに気づかないでいる。

 2 物事の見方や考え方は、その社会で伝承されてきた言語上の慣習によって、知

   らず知らずのうちに制約されている。   

 3 各社会が持つ社会の型は言語に投影されているが、逆に言語はまた知らないう

   ち社会の型を規制するという関係にある。

 4 その社会で必要があるときには言葉は豊富さを加えるが、その社会に必要がな

   ければそれを指す言葉はない。

問6 ⑤「ここに言語が『文化の中の文化』と言われる由縁がある。」とあるが、なぜ

   言語は「文化の中の文化」なのか。

 1 言葉は、判断や思想や情緒を表現するための材料だから。

 2 言葉は、その社会で子々孫々に受け継がれている慣習だから。

 3 言葉は、その社会の人々のコミュニケーションに不可欠なものだから。   

 4 言葉は、その社会の人々の判断、感情、感覚を反映しているものだから。 

32
問題Ⅱ 次の(1)から(3)の文章を読んで、それぞれの問いに対する答えとして、
     最も適当なものを1、2、3、4から一つ選びなさい。

(1)人間には人それぞれの基本的な行動の型があるようだ。たとえば、何か新しい
(注1)
場面に出合うと、はしゃいでしまって、ついしなくてもよいようなことまでやってし
(注2)
まうとか、逆に、どうしても引っ込み思案になってしまうとか。

 個人の行動の型だけでなく、ある程度は文化的な型もあると思われるが、ここでも

同様のことが生じる。たとえば、日本人だと、すぐには自己主張をせずに、全体との

関係を考えたり雰囲気に合わせたりしながら、ゆっくりと間接的に自分の考えを表明

してゆくが、欧米では自分の意見を最初から(  ①  )表現することが期待される。

日常的な例をあげると、贈り物を渡すときでも、日本人は「お気に召していただける

かどうか(心配です)。」といった表現をするが、欧米だと「(    ②    )。」

という表現になる。

                  (河合隼雄「おはなしおはなし」より)

 (注1)はしゃぐ:楽しくなって騒ぐ。

 (注2)引っ込み思案:人前に出て積極的に事を行うことができない性格や態度。

問1 ( ① )に入る適当な語はどれか。

 1 静かに             2 やわらかく

 3 率直に             4 直接に

問2 ( ② )に入る適当な文はどれか。

 1 お気に召していただけましたか。

 2 お気に召していただくと、うれしいです。

 3 心ばかりのものですが、ほんのお礼の気持ちです。           

 4 つまらないものですが、どうぞ。

33
(注1)

(2)ノーベルはダイナマイトを発明し、人の技術にまさしく爆発的な進歩をもたら
した。彼の発明は人々の福利に貢献して、彼もまた自分の功績に満足しながら、生涯

の幕を閉じることができたはずだった。しかし、ダイナマイトは兵器として使われ、
さつ りく
大量殺戮にめざましい力を発揮した。ノーベルは、自分の発明に充足を得ることがで

きず、ノーベル賞が創設されることになった。このよく知られた事実は、20 世紀の科

学と技術について、大変重要な示唆を与えてくれる。このノーベル賞は 20 世紀の科学

技術を推進するのに大きな役割を果たしてきた。しかしながら、さまざまな 「ダイナ

マイト」もまた、その過程でつくられてきたのである。

 科学はそのもの自体のために進歩するが、技術の進歩にはそのようなことはない。

技術はそれを利用して何かをなそうという意図の下に発展する。戦争を機として飛躍

的に技術が進歩することがあるのである。この事実は、技術が誤って使われる例のあ

ることと関係する。毒ガスや地雷のような大量、無差別の殺戮兵器がどうして生まれ

たのか。技術の進歩に関連して、このことは意識しておいてしすぎることはないかも

しれない。                 (岩槻邦男氏の文章より)

 (注1)ダイナマイト:【dynamite】ニトログリセリンを基剤とした爆薬。

問1 ①「さまざまな 『ダイナマイト』」とあるが、それは何を表しているか。

 1 誤った目的に使われた発明品。            

 2 人の技術に爆発的な力をもたらすもの。

 3 発明した人が充足感が得られないもの。            

 4 人を殺戮する兵器。

問2 本文を通して筆者が述べたいことは何か。

 1 人々の福利のために、これからも科学の研究を推進しよう。

 2 人類の生存を脅かすような技術の開発を直ちに中止する必要がある。

 3 技術というのは、戦争のときにこそ飛躍的に進歩するものだ。

 4 技術は誤った目的に使われる危険が常にあることを忘れてはいけない。

34
(3)文化人類学の領域で、文化についての定義は学者によって様々ですが、私はア
メリカの人類学者、C・K・クラックホーンの定義をよく用います。すなわち、「文化と

は歴史的、後天的に形成された、内面的および外面的生活様式の体系である」という

定義です。文化という語には高い教養とか洗練されたというイメージが結びつきがち

ですが、それも含めて、「生活の仕方そのもの」が文化なのだという考え方です。

 道徳や価値観のような目に見えない心の作用も、家の建て方や挨拶の仕方など目に

見えるものも、どれも人が家族や地域社会のなかで後天的に習得したものです。それ
おとろ
が歴史的に変化し、発展したり衰えたりするのです。

 もとより言葉も文化の重要な要素の一つであり、しかも文化の特徴や個性は、言葉

にはっきりと表れると言われています。それは単に発音のしかたや文法の違いに出る

だけではなく、自然現象など「物事のとらえ方」や、悲しみや喜びのような「心の動き」

の表現にも、地域の方言や言語の個性が表れるてくるのです。

                 (比嘉政夫『沖縄からアジアが見える』より)

問1 ①「それは」の「それ」は何を指しているか。

 1 生活の仕方           2 文化の特徴や個性

 3 後天的に習得したもの      4 目に見えない心の作用

問2 筆者が述べている内容と合っているのはどれか。

 1 地域の方言や言語の個性は、発音のしかたや文法の違いというより、
「心の動き」

   の違いに現れる。

 2 文化というのは、人が後天的に習得したものであり、主に精神的なことがらを

   指している。
おとろ
 3 文化は歴史的に変化し、発展したり衰えたりするが、その中で最も変化しにく

   いのが言語である。

 4 文化というのは、人々の暮らし方の総体であって、道徳や価値観、教養といっ

   たものだけを指すのではない。

35
解答と解説

問題Ⅰ
て じゅん
ささやく: 手順:
しぶ
とらえる: 渋い:
じ み
地味:

<解   説>

問1:「それはその社会に」の「それ」は「言葉」なので、「言葉はその社会に」とし

   て考える必要がある。後ろに続く「一つの位置を占め、生存権を得る」との文
   のつながりから考えよう。 

問2:後に続く内容が、前段の意見について、具体例を挙げて説明していることに注

   目する。

問3:後ろに続く文が、「このように……」となっているので、その前には「その社会

   で必要があるときには言葉は豊富さを加え、……」の例、あるいは関連する説

   明が来るはずである。

問4:「縦(タテ)ー横(ヨコ)」、「内(ウチ)ー外(ソト)」となるが、カタカナが使

   われているので、迷う人が出るかもしれない。

問5:問題の箇所を含む文の骨格を取り出せば、「言語(上の慣習)はその社会の成員

   たちの物事のとらえ方を規制している」となる。この「物事のとらえ方」は「物

   事の見方・考え方」と置き換えることができる。

問6:「ここに……」とあるが、文中の「こ」は直前の文の内容を強調するときに使う
   指示語なので、直前の文の内容と一致する物を選ぶ。

問題Ⅱ
(1)
ひ こ じ あん
はしゃぐ: 引っ込み思案:
き め
お気に召す:

<解   説>

問1:文脈から考えて、「はっきり」「明確に」「率直に」などの語が自然となるが、「直

   接に」は「対象にまっすぐ向かう」ことを表すので、ここでは不自然。

36
問2:3、4は、このような場合の日本人の言い方の典型。1はプレゼントを渡した

   後で使うことはあるが、渡すときに使う言葉ではない。

(2)
ノーベル: ダイナマイト:

<解   説>

問1:前の文と、逆接の「しかしながら」でつながっているので、「20 世紀の科学技術

   を推進するのに大きな役割」に反するマイナス事態が暗示されている。つまり、

   ダイナマイトが本来の目的にではなく、大量殺戮に使われたように、誤った目

   的に発明品も多いことを、ダイナマイトに喩えている。

問2:この文全体が、戦争・大量殺戮などの誤った目的に技術が使われてきたことへ

   の警告となっている。しかし、本文中では、2のように「人類の生存を脅かす

   ような技術の開発を直ちに中止する必要がある」とまでは主張していない。

(3)
そのもの: もとより:

<解   説>

問1:「それは……」以降は、「どのように言葉に文化の特徴や個性が現れるか」とい

   う前の文の具体的な説明となっている。

問2:1は「……というより、……」が間違い。2は「主に精神的なことがらを指す」

   が間違い。文中には3の「最も変化しにくいのが言語」かどうかについて触れ

   られた箇所はない。このように、間違った内容を含むもの、本文中に触れられ
   ていない内容を含むものを、一つ一つ消去していくのが、一番確実な方法。

<第4回解答>
問題Ⅰ 問1:2 問2:4 問3:3 問4:1 問5:2 問6:4
問題Ⅱ (1)問1:3 問2:2   (2)問1:1 問2:4 
    (3)問1:2 問2:4 

37
第5回
問題Ⅰ 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。答えは、1、2、3、4から最
     も適当なものを一つ選びなさい。

 貧困な層の定義として世界銀行等で普通に使われるのは、一日あたりの生活費が一

ドル以下という水準である。一九九〇年には、この貧困ライン以下に一二億人が存在

していたという。世界銀行はこのほかに、極貧層として年間所得二七五ドル(一日あ
(注1) (注2)
たり七五セント)以下というカテゴリーをつくった。だが、貧困のこのようなコンセ

プトは正しいだろうか?

 同じような資料は多いので、たまたま最近目に触れた事例の一つを取り上げてみよ

う。中国南部の小数部族ヤオ(瑶)族の一つ、巴馬瑶族の人たちの暮らす村々は百歳

をこえて元気な人たちの多い地域として知られるが、調査の対象となった百五歳の男

性は、長生きの原因は「悩みがないことだろう」と言つている。県の「老齢委員会」

は長寿の原因を、
「1、温暖な気候と汚染のない空気、2、食物が自然のもので、低脂肪、

高栄養観である。3、長年の畑仕事で体が鍛えられ、飲酒、喫煙率が少ない」ことを挙

げている。(朝日新聞 1995 年 9 月 4 日記事)。この巴馬瑶族の地域の一人あたり平均年

収は四八〇〇円(1995 年)で、一日あたり〇・一三ドルくらいである。

 アメリカの原住民のいくつかの社会の中にも、それぞれに違ったかたちの、静かで

美しく、豊かな日々があった。彼らが住み、あるいは自由に移動していた自然の空間

から切り離され、共同体を解体された時に、彼らは新しく( ア ) となり、( イ

 )になった。経済学の測定する「所得」の量は、このとき以前よりは( ウ )なっ

ていたはずなのにである。

 貧困は、金銭を持たないことにあるのではない。金銭を必要とする生活の形式の中で、

金銭を持たないことにある。( ② )人びとの生がその中に根を下ろしてきた自然か

ら引き離され、共同体から引き離され、貨幣を媒介としてしか豊かさを手に入れるこ
た か
とのできない生活の形式の中に投げ込まれる時、「所得」の多寡が人びとの豊かさと貧

困、幸福と不幸の尺度として立ち現れるのである。この二重の疎外こそが貧困の概念

38
なのである。

 人はこのことを一般論としては認めるだけでなく、当たり前のことだと言うかもし

れない。けれども、「南の貧困」や南の「開発」を語る多くの言説は、実際上、この当
まと しっ
たり前のことを理論の基礎として立脚していないので、認識として的を失するだけで

なく、政策としても方向を誤るものとなる。同一日に一ドル以下しか所得のない人が、

世界中に一二億人もいるというような言説は、善い意図からされることが多いし、当

面はよい政策の方に力を与えることもできるが、原理的には誤っているし、長期的に

は不幸を増大するような、開発主義的な政策を基礎づけてしまう恐れがある。巴馬瑶

族の人たちもアマゾンの多くの原住民も、今日この「一日一ドル以下」の所得しかな

い一二億人に入っているが、彼らの「所得」を「一ドル以上」とするに違いない開発

政策によって、不幸を増大する可能性の方が、現実にははるかに大きいからである。

      (見田宗介 『現代社会の理論情報化・消費化社会の現在と未来』 より)

 (注1)カテゴリー:同じ性質のものが属する部類・部門。領域。範疇。

 (注2)コンセプト:ある事物の概括的な意味内容。概念。

問1 ①「同じような資料は多い」とあるが、どのような資料が多いのか。

 1 世界銀行の分類に基づく世界の貧困分布を表した資料。

 2 世界銀行が極貧層とした人々の住む地域と人口を調査した資料。

 3 世界銀行が極貧層とした人々の生活が必ずしも不幸ではないことを表す資料。

 4 開発主義が世界銀行が極貧層とする人々を生み出したことを表す資料。

問2 ア〜ウに入る語として適当な組み合わせのものはどれか。

 1 ア:不幸  イ:貧困  ウ:多く

 2 ア:幸福  イ:豊か  ウ:多く

 3 ア:不幸  イ:貧困  ウ:少なく

 4 ア:幸福  イ:豊か  ウ:少なく

39
問3 ( ② )に入る適当な語はどれか。

 1 ただし             2 すると

 3 いわば             4 つまり

問4 ③「この二重の疎外が貧困の概念である」とあるが、「二重の疎外」とはどうい

   うことか。

 1 貨幣経済の中に無理矢理組み込まれた上に、僅かな所得しか得られない状況に

   置かれていること。

 2 開発政策によって、自然の中での自給自足の経済が壊され、貨幣経済の中に無

   理矢理組み込まれたこと。

 3 自給自足の貧しい経済から抜けだすことができず、貨幣経済へと移行すること

   に失敗したこと。

 4 開発政策によって豊かな自然を奪われた人々が、貨幣経済にも移行できずに貧

   しい生活を強いられていること。

問5 ④「この当たり前のこと」とあるが、それはどういうことか。

 1 貧困は、開発主義的な政策が人為的に生み出したものであること。

 2 極貧層とされる人々の生活の方が、高所得の人々の生活よりも豊かなこと。

 3 貨幣経済に組み込まれることで、「南の貧困」は増大したこと。

 4 貧困は、金銭を必要とする生活の形式の中で金銭を持たないことにあること。

問6 ④「政策としても方向を誤るものとなる。」とあるが、どんな誤りを犯すのか。

 1 所得の多寡だけで、人の幸不幸を判断するような誤った考えを生む。

 2 大規模な環境破壊をもたらすような開発政策を正当化することになる。

 3 所得さえ増やせば幸せになれると考え、開発主義的な政策に走らせる。

 4 貨幣経済への移行を遅らせ、「南の貧困」を解決するための開発を妨げる。

40
問題Ⅱ 次の(1)から(3)の文章を読んで、それぞれの問いに対する答えとして、
     最も適当なものを1、2、3、4から一つ選びなさい。

かたすみ

(1)どんな地球の片隅に住む人間でも、どこかで自分と違った文化と接しています。
全く孤立した文化は存在しえないのです。特に近代以降の交通手段の発達した時代で

は、異文化と接触することが、人間が生きていく上での一種の宿命になってきています。

 社会の中で個人は孤立しては生きられないように、文化も一つの文化だけで孤立し

ては成立しません。他の異文化と絶えず接触しながら、その影響をうけたり、また影

響を与えたりしながら存続していくのが文化であると言っていいと思います。日本の

文化もまさに太古以来いろいろな異文化の影響をうけて存在してきました。現在の日

本文化も濃厚に外来の異文化の影響を受けて成立してきたものなのです。

 このように、人は生まれ育った自文化から抜けだしがたく、同時に(   ①   )
あわ はざ ま
という二つの宿命を併せ考えると、私たちは自文化と異文化の狭間の中で生きていか

ざるを得ないし、現在は特にそういう時代だと言うことができると思います。それが

逆に自文化の枠と異文化との違いを感じさせもするわけです。

                      (青木保『異文化理解』より)

問1 ( ① )に入る適当な文はどれか。

 1 異文化と絶えず出会わなければならない        

 2 異文化との違いを明らにしなければならない

 3 社会から孤立して生きていけない        

 4 全く孤立した文化は存在しえない

問2 ②「現在は特にそういう時代だと言うことができる」とあるが、それはなぜか。

 1 どんな地球の片隅に住む人間でも、どこかで異文化と接しているから。

 2 どのような文化も一つの文化だけで孤立しては成立しえないから。

 3 交通手段が発達し、異文化と接触する機会が増えているから。       

 4 私たちは自文化と異文化の狭間の中で生きていかざるを得ないから。

41
ひ がた こ しょう

(2)自然海岸や干潟などは数十年前に比べると半分ほどしか残されておらず、湖沼、
か せん
河川、水路などの水辺の多くがコンクリートで固められ、生き物の影が薄れた。野生

化した外来種によって在来種が絶滅するなどの事例も急増している。

 こうした生物多様性の危機は、文化の危機であり、( ① )、石器時代以来、アジ

アの多様な地域から渡来した人々が日本列島の自然の恵みを享受しつつ、その厳しさ
② (注1) (注2)
と折りあいながら生きることで確立された、日本人としてのアイデンティティのより

どころを失うという危機でもある。

 いっそう重大な問題は、このまま自然喪失の傾向が続けば、生態系の機能を通じて

提供される多様なサービスも含めた自然の恵みが提供されなくなり、生活や生産に支

障が生じるということである。そのサービスには、浄化機能、利水機能、生物の生息・

生育場所の提供など様々なものがあるが、今日、これらサービス機能の急激な低下が

進んでいる。中でも湿地を含む淡水生態系は、森林生態系や海洋生態系よりも危機に
ひん
瀕しており、その保全と再生は最重要課題の一つである。

         (鷲谷いづみ「自然再生ー持続可能な生態系のために」より)

 (注1)アイデンティティー:自己の存在証明。存在価値。

 (注1)よりどころ:根拠。何かが生じる出所。

問1 ( ① )に入る適当な語はどれか。

 1 むしろ             2 さらには

 3 ところが            4 いっぽうで

(注1)
問5 ②「日本人としてのアイデンティティのよりどころ」とあるが、それはどのよ

   うな内容を述べているか。

 1 日本人が、戦後、経済発展を優先して、美しい自然を破壊してきたこと。 

 2 日本人が、日本の豊かな自然を利用して、生活を豊かにしてきたこと。

 3 日本人の自然と共生する伝統が、しだいに失われつつあること。
はぐく
 4 日本人の伝統や精神は、豊かな自然によって育まれたものであること。

                                     
42
ひのき

(3)私は杉や檜などの植えられた純林は好きではない。純林には限られた種類の鳥
す しも ば
や昆虫しか棲んでいない。樹木の下生えの植物も貧しい。純林には、そこに植えられ

ている木だけを食べる昆虫がやって来る。その昆虫を食べる動物が少ないので大発生
たい じ
し、農薬で退治するという方法が取られる。そういう意味で、純林は生きものを排除

した林であり、雑木林のような生命が感じられない。
ぞう き ばやし
 人間が育つ環境も純林型と雑木林型に分かれるのではないか、というと奇異に感じ

られるかもしれない。しかし、例えば現代の日本の教育環境などは、( ア )型と言

えまいか。そこでは一つの標準的規格にはめ込む教育が主として行なわれている。そ
うつ
れが整然と一種類の木を植えて育てる( イ )のように、私の目には映るのである。

 といえば、私が望んでいる教育環境がどんなものか、およそ察してもらえるだろう。

植物に例えて言えば、スミレ的資質をもった子供はスミレとして育ち、大木的資質を

もった子供は大木として育つような環境が望ましい、と私は考えている。それは種々
すみ か ばやし
雑多な動植物が各々の住処を得て、それぞれ精一杯生きている( ウ )林の姿に似

ている。そして純林の教育ではなく、雑木林の教育の中でこそ、個性的な人間が育ち、

彼らによって独創的な仕事が生まれるものだと私は信じて疑わないのである。

                      (河合雅雄「学問への冒険」より) 

問1 ア〜ウに入る語として適当な組み合わせのものはどれか。

 1 ア:雑木 イ:純林 ウ:雑木  2 ア:純林 イ:純林 ウ:雑木

 3 ア:純林 イ:雑木 ウ:雑木  4 ア:雑木 イ:純林 ウ:純林

問5 ①「私が望んでいる教育環境がどんなものか」とあるが、筆者が臨む教育環境

   と一致しているのはどれか。

 1 優秀な子供を集めて、彼らのために英才教育を行う。        

 2 能力に応じてクラス分けをして、能力に応じた進度で授業を行う。

 3 能力も個性も色々な学生が集まった所で、それぞれの素質に応じた教育を行う。

 4 教師と学生が 1 対 1 で応対し、ひとりひとりのための個別授業を行う。

                                      
43
解答と解説

問題Ⅰ
カテゴリー: コンセプト:
まと しっ
的を失する:

<解   説>

問1:後ろに「巴馬瑶族の人たち」の話が続いているが、その内容を表す資料のこと
   を言っている。

問2:前に「静かで美しく、豊かな日々があった。」とある。では、「自然の空間から

   切り離され、共同体を解体された時」、アメリカの原住民の生活はよくなったの

   か、悪くなったのか、それを先ず、文の流れから読みとる必要がある。

問3:接続詞の問題。前の文Aと後ろの文Bのつながり方が問題であるが、BがAの

   具体的な説明となっている、つまり、A=Bの関係にある。

問4:3、4が間違っていることはわかる。したがって、1か2かの選択になるが、2は、

   一つの疎外にしか触れていない。

問5:直接指しているのは、「二重の疎外が貧困の概念である」であるが、その内容は

   何かと考える。その際、1と3は文中で触れられいない内容なので除外される。

問6:政策の誤りなので、1は除外される。4は本文の主旨から外れる内容なので除

   外され、2か3かの選択になる。本文の焦点が環境問題でないことに注意しよう。

問題Ⅱ
(1)
かたすみ あわ かんが
片隅: 併せ考える:
はざ ま
狭間:

<解   説>

問1:「二つの宿命」「自文化と他文化との狭間」という言葉から、<異文化との接触

   >が避けがたいというような内容が来ると推測できる。

問2:「現在は特に」という言葉に注目しよう。3以外は、多かれ少なかれ、どの時代

   にもあったと考えられる。

44
(2)
お あ
折り合う: アイデンティティー:
き き ひん
よりどころ: 危機に瀕する:

<解   説>

問1:前の文と後ろの文のつながり方に注目する。「しかも/そのうえ」などの添加の
さら
   接続詞がぴったりだとわかる。そのグループに属する「更に(は)」が選択肢に

   ある。「むしろ」は二つを比べて、どちらかを選択する副詞、「ところが」は意

   外な事実の発生を表す逆説の接続詞、「いっぽうで」は別の一面を表す接続詞。

問2:「アイデンティティー」は説明しにくい語だが、一種の「心の支え/誇り」な

   どの自己の価値を肯定する心と言える。筆者は、日本人としてのアイデンティ

   ティーが「人々が日本列島の自然の恵みを享受しつつ、その厳しさと折りあい

   ながら生きることで確立された」と述べている。

(3)
す たい じ
棲む: 退治する:
こ め うつ
はめ込む: 目に映る:
すみか
スミレ(菫): 住処:

<解   説>

問1:「一つの標準的規格にはめ込む」「整然と一種類の木を植えて育てる」はどちら

   も「純林」の特徴。

問2:1は「純林」教育の一種で明らかな間違い。4の個別授業も「種々雑多な動植
すみ か
   物が各々の住処を得て」という雑木林の姿と異なる。残るのは、2か3かだが、

   能力別授業というのも、優劣をテストの成績だけから判別する点で、「一つの標

   準的規格にはめ込む教育」の一種。

<第5回解答>
問題Ⅰ 問1:3 問2:1 問3:4 問4:1 問5:4 問6:3
問題Ⅱ (1)問1:1 問2:3   (2)問1:2 問2:4 
    (3)問1:2 問2:3 

45
第6回
問題Ⅰ 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。答えは、1、2、3、4から最
     も適当なものを一つ選びなさい。

 元来親族用語は、ある特定の話者を定めた時、初めてその内容が決定されるような

自己中心語に属する。ある話者が「父」と言い「母」と称する人は、その人にとって

のみ父であり、その人から見てのみ母と呼ぶことができる対象であって、自分以外の

父や母を言うときは、「誰々の父」のように修飾する必要がある。本来の親族用語は、

相対的なものなのである。

 ( ① )日本語では、父や母のような親族語はその( ア )性を失って、
( イ )

的な語として機能していると考えることができる。例えば、家の中で母親が子どもに

向かって、「あなたのパパはどこ?」とか「お前のおとうちゃん、遅いわね」などとは

決して言わないし、言うことはできないのである。一軒の家には、父、母、祖父、祖

母などと呼ばれる地位があるが、その地位を占める者の名が「おかあさん」であり「お

とうさん」なのだと日本人は受け取っているのである。だから夫が妻を「おかあさん」

と呼んでも不思議ではないし、一家の祖母に当たる人が、自分の息子を「おとうさん」
「パ

パ」と呼ぶこともあり得る。このような場合の親族語は、もはや「私の」とか「子供の」

という原点を失った、「うちのおとうさん」「うちのかあさん」という意味なのである。

 家庭外で、相手を先生とか、課長と呼び、名前や人称代名詞をなるべく使わないのも、
(注1)
その場に応じたヒエラルヒーを設定し、その中での位置付けをすることで相手を把握

するものと言えよう。つまり、相手を一個の個人とは見ないで、相手を家庭をはじめ、

職場、社交、その他いくつかヒエラルヒーを背負った存在と考え、ヒエラルヒーの中

の相手と自分の上下関係や相関関係から、言語的に、どのように自己を把握するかが

決定されるのだ。そしてこの決定は、一般的な言葉遣い、適当な敬語の選択、そして

全身的な態度にまで影響を及ぼして行くのである。

 日本人の言語によるこのような自己定位は、いま述べたような相手を規定し終えた
(注2) す じょう
後ではじめて可能になる。だから、相手の素性が知れていれば楽なものである。

46
 例えば小学校の先生をしている一人の男を考えてみよう。彼は自分の子供に向かう

ときは、自分のことを「( a )」と呼ぶが、誰か子供の友だちが遊びに来れば、
「( 

b )」である。妻に対しては自分のことを「( c )」と言うかも知れないし、学校
(注3)
で校長と話すときは「( d )」とかしこまる。

 これに反し、相手の素性が知れない時には非常に困ってしまう。見知らぬ他人、社

会的に位置付ける手がかりのつかめぬ相手に対し、我々目本人が気安く言葉を交わせ

ない原因の一つは、ここにあると考えられる。しかも現代では、そのような相手と、

否応なしに、何らかの人間関係を結ばなければ、生活していけないような状況が目増

しに多くなる一方である。一部のサラリーマン階級から始まったと言われる「おたく」

を、「あなた」でも「おまえ」「きみ」でもない、( ③ )に対する呼び掛け語として

使う習慣なども、ヒエラルヒーに無関係な対称語を求める無意識の努力の現れではな

いかと思われる。よく日本人には真の意味の対話がないと言われるが、
「話し手」と「聞

き手」という抽象的な機能のみを表示する適切な用語を積極的に求める努力が、今ほ

ど必要なときはないと思うのである。           (鈴木孝夫『ことばと社

会』による)

 (注1)ヒエラルヒー:上下階層関係に整序されたピラミッド型の秩序ないし組織。

 (注2)素性:家柄や身分、地位。

 (注3)かしこまる:礼儀を正して、敬う。

 (注4)否応なしに:是非を言わせずに。

問1 ( ① )に入る適当な語はどれか。

 1 ただし             2 そこで

 3 ところが            4 かといって

問2 ア、イに入る適当な語はどれか。      

 1 ア:絶対 イ:相対       2 ア:相対 イ:絶対

 3 ア:一般 イ:相対       4 ア:相対 イ:一般

47
問3 ②「家の中で母親が子どもに向かって、……言うことはできないのである。」と

あ   るが、それはなぜか。

 1 日本語の親族語は子どもの立場から相手をとらえた言い方はしないから。

 2 「あなたのパパ」といった方は煩雑であり、「誰の」は言わなくてもわかるから。

 3 日本語の親族語は自分の立場から相手をとらえた自己中心語だから。

 4 日本語の親族語は家庭内の地位を表す語で、「誰の」は言う必要はないから。

問4 a〜cに入る適当な語の組み合わせはどれか。

 1 a:パパ   b:おじさん c:おれ  d:私

 2 a:お父さん b:先生   c:僕   d:私

 3 a:お父さん b:おじさん c:おれ  d:僕  

 4 a:父    b:先生   c:私   d:僕

問5 ③に入る適当な語はどれか。

 1 自分より目上だと考えられる相手   

 2 自分と対等であると考えられる相手

 3 名前を知らない取引先の相手

 4 素性がわからない相手

問6 ④「よく日本人には真の意味の対話がないと言われる」とあるが、それはなぜか。

 1 日本人は、相手を先生とか課長とか呼び、相手の名前を呼ばないで対話する習

   慣があるので、対話が他人行儀になってしまうから。

 2 日本人は、いつも相手がどう思うかを気にした話し方をして、自分の考えや気

   持ちをはっきり伝えようとしないから。

 3 日本人は、相手を一個の個人とは見ないで、常にヒエラルヒーの中の相手と自

   分の上下関係や相関関係にたった対話をするから。

 4 社会的に位置付ける手がかりのつかめぬ見知らぬ相手と、日本人は対話するこ

   とができないから。

48
問題Ⅱ 次の(1)から(3)の文章を読んで、それぞれの問いに対する答えとして、
     最も適当なものを1、2、3、4から一つ選びなさい。

(1)親が子供をしつけるときに、いちばん頭を悩ますのが、「友達も持っているから」
ぜいたく
という子供の抗弁である。たとえば、親が「中学生が携帯電話を持つのは贅沢だ」と

か「まだ早い」とか言うと、子供は「友達はみな持っている」と言う。そう言われる

と、親は何も言えなくなってしまう。こうして「我が家の決まり」や「我が家の価値観」
ひ と ひ と
が崩されていく。このごろでは、
「他人は他人、うちはうち」と言える親が少なくなった。
はや
そして、「流行っている、新しいものほどよい」という価値観が幅を利かせている。

 そういう風潮が強まり、「新しい流行」が若者の最大の価値基準になっている限り、

親の権威はなくなり、家庭内秩序も生活規律も守られなくなる。「若者文化」への迎合
あお
は家族を破壊させる方向に働く。この風潮の背後には、大量消費を煽る現代資本主義

の本質が大きく影響している。大量消費によって成り立つ現代企業は、新しい物を次々
(注1)
に売り出し、さまざまなコマーシャルによって消費を煽るから、人々は新しい流行を

追って(  ②  )する。古いものには価値がないと思いこまされるのである。 

                      (内田樹「街場の現代思想」より)

 (注1)コマーシャル:宣伝文句。商業放送で番組の合間に行う広告。CM。

ひ と
問1 ①「
「他人は他人、うちはうち」と言える親が少なくなった。」とあるが、どう

   してそうなったのか。

 1 若者中心の世の中になっているから。            

 2 日本人は大勢に迎合する傾向があるから。

 3 現代資本主義の宣伝によって「新しいものほどよい」と思わされているから。

 4 戦後、個人主義が主流となり、親の権威が崩壊したから。

問2 ( ② )に入る適当な文はどれか。

 1 五里霧中            2 右往左往   

 3 疑心暗鬼            4 支離滅裂

49
(注1)

(2)ひきこもりは決して少数の若者に限定して生じている現象ではない。むしろ反
対で、地べたに平気で座ったり、電車の中で化粧をしたりする者もすべて、本質的に

は自分の部屋に鍵をかけて閉じこもる暮らしと変わらないように私には映る。

 この両者に共通しているのは、私的空間から公共空間に(   ①   )ことで

あり、「家の中」主義とでも表現すべきスタイルだろう。異なるのは、「家の中」の範

囲をどれだけの広さとみなすかだけであって、一旦その縄張りを決めてしまうや、そ

こからなかなか足を踏みだそうとしない点では見事に一致している。どちらのタイプ
め ば
に属する者も、その転機が思春期の自我の芽生えるころにやってくるのは確実なよう

だ。自我の芽生えとは自己実現への願望が生まれることを意味する。この自己実現を

なすためには「( ア )」へ出かけていかなければならない。だが、そこには「( イ
あつれき
 )」にはない軋轢があり、軋轢は挫折を生む。このとき、挫折した自分を許せないと

自己否定的になれば、「ひきこもり」へ向かう確率が高くなる。反対に、思い通りにな
(注2) い なお
らないのは社会のせいであり、非は自分にないと居直れば、「( ウ )」という環境ま

でも家の延長とみなして今までどおりやっていこうという態度になり、公共空間での

地べたに座ったり、化粧をしたりなどの行為となるのである。  

                    (正高信男「携帯を持ったサル」より)

 (注1)ひきこもり:社会とのかかわりを拒絶し、家に閉じこもる現象。

 (注2)居直り:自分の非を棚上げし、急に強い態度に変わって相手に向かう。

問1 ( ① )に入る適当な語はどれか。

 1 出ることを拒絶する      2 出なければならない   

 3 出ようとしている       4 まだ出たことがない

問2 ア〜ウに入る適当な語はどれか。      

 1 ア:家の中 イ:家の外 ウ:家の中     

 2 ア:家の中 イ:家の中 ウ:家の中

 3 ア:家の外 イ:家の中 ウ:家の中       

 4 ア:家の外 イ:家の中 ウ:家の外

50

(3)私は手塚治虫の天才性は、何よりもその「さかさまのストーリーテリング(注・
物語を語ること)」にあると考えている。

 「生きることの意味は何か?」という問いに答えるのが難しいのは、答えが無数に
しゅうしゅう
あって収拾がつかないからである。手塚はその問いに答えるために、「死ぬのを禁じら

れた人間たち」を主人公とする『火の烏』を描いた。人間が想像しうる最悪の事態とは、
うつ
すべてのものが移ろい消え去る中で、おのれひとりが「不死」にとどまることである。

手塚治虫は『火の鳥』の中でその「死ねない恐怖」を執拗に描いた。そうやって手塚

が導き出した結論は、涼しく平明なものである。それは「人間は死ねるから幸福なのだ」

ということである。

 人間は限られた時間に封じ込められ、一度壊れたら二度と元に戻ることがなく、一

度失ったら二度と出会えないものに囲まれている。私たちがおのれの「生命」をいと

おしむのは、それがこの瞬間も一秒一秒失われていることを私たちが熟知しているか

らである。この「すべては消滅し、私たちは必ず死ぬ」という事実そのものが、実は

人間の幸福を基礎づけているのである。手塚が私たちに教えようとしたのは、そのこ

とである。                 (内田樹「街場の現代思想」より)

問1 ①「私は手塚治虫の天才性は、何よりもその「さかさまのストーリーテリング

    (注:物語を語ること)」にある」とあるが、どこがさかさまなのか。

 1 奔放な想像力を発揮して、普通の人の考えない世界を描くこと。  

 2 普通の人が価値ある考えることを完全に否定したストーリーを描くこと。

 3 「生きる意味」を問う時、人が死ねない場合を想定したストーリーを描くこと。

 4 常に物事はうつろい消え去る宿命であるという視点からストーリーを描くこと。

問2 ②「人間は死ねるから幸福なのだ」とは、どういうことか。

 1 「死ねない恐怖」は「死の恐怖」より大きいから。   

 2 死がなければ生はなく、不幸がなければ幸せもないから。

 3 幸福だったかどうかは、死の直前になってはじめてわかるものだから。

 4 限りある命だからこそ、命の輝きもあり、生の喜びもあるものだから。

51
解答と解説

問題Ⅰ
す じょう
ヒエラルヒー: 素性:

かしこまる: 手がかり:
いやおう
否応なしに:

<解   説>

問1:前の文と後ろの文は対立する内容となっている。つまり、逆説であるが、選択

   肢中の逆接の接続詞は1、3、4となるが、1はの「ただし」は「しかし、そ

   れには条件があって」、4の「かといって」は「仮にそうであっても」という意
   味なので、ここは「予想外の事態を表す3「ところが」が適切になる。

問2:「相対」と対になる語は「絶対」。「一般」は「広く認められ成り立つこと」を表

   す語で、不適切。

問3:後ろの文で、その理由が述べられている。

問4:自分の子どもには、
「パパ」「お父さん」のどちらでもいいが、子どもの友達には、

   「おじさん」になる。なお、目上の人との会話のとき「僕」は使わない。もっと

   も相手に敬意を表すときは、「わたくし(私)」と言う。

問5:同じ段落に「ヒエラルヒーに無関係な対称語を求める無意識の努力の現れ」と

   あるように、この「おたく」と言う言葉は、目上か目下には関係なく使われる。

問6:第三段落で、
「相手を一個の個人とは見ないで、相手を家庭をはじめ、職場、社交、
   その他いくつかヒエラルヒーを背負った存在と考え、……」と述べられている。

問題Ⅱ
(1)
はば き
幅を利かせる: コマーシャル:
ご り む ちゅう う おう さ おう
五里霧中: 右往左往:
ぎ しんあん き し り めつれつ
疑心暗鬼: 支離滅裂:

<解   説>

問1:第二段落の「この風潮の背後には、……」以降に理由が述べられている。

問2:四字熟語の問題。なお、各述語の意味は以下の通り。

52
    五里霧中:現在の状態がわからず、見通しや方針の全く立たないこと。

    右往左往:どうしていいかわからず混乱した状態。

    疑心暗鬼:何でもないことまでも疑わしく恐ろしく感ずること。

    支離滅裂:統一もなくばらばらに乱れて、筋道が立たないさま。

(2)
うつ
ひきこもり: 移ろう:
め ば い なお
芽生える: 居直り:

<解   説>

問1:後ろに述べられている「
『家の中』主義とでも表現すべきスタイル」と同じ意味

   になる語句を選べばいい。

問2:アとイは容易にわかるが、ウには注意を要する。

(3)
しゅうしゅう
収拾がつく: おのれ:
ふう こ
封じ込める: いとおしむ:
<解   説>

問1:次の段落に、「生きることの意味は何か」という主題に迫るために、「死ぬのを

   禁じられた人間たち」を主人公とする『火の烏』を描いたことが述べられている。

   この「さかさまのストーリーテリング」とは、逆転の発想とも言える。

問2:最後の段落に、
「この『すべては消滅し、私たちは必ず死ぬ』という事実そのものが、

   実は人間の幸福を基礎づけているのである。」とある。「すべては消滅し、私た

   ちは必ず死ぬ」を別な言葉で言えば、「限りある命」ということになる。

<第6回解答>
問題Ⅰ 問1:3 問2:2 問3:4 問4:1 問5:4 問6:3
問題Ⅱ (1)問1:3 問2:2   (2)問1:1 問2:4 
    (3)問1:3 問2:4 

53
第7回
問題Ⅰ 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。答えは、1、2、3、4から最
     も適当なものを一つ選びなさい。

 友人の眼の具合が悪くなり、ある大きな病院に出かけた。片眼の視界がぼやけて字

が読みにくくなったのだそうである。検査を重ねて調べてもらった末に、このままで

いるしかない、との診断を下された。下手に治療すると周囲の細胞に影響するので今

は経過を見守るしかない、ということらしかった。

 何が原因でこうなったのか、と友人が医師に訊ねた。カレイのためだ、との答えだっ

た。カレイとは何であるかが一瞬わからなかった。それが「加齢」のことだと気がついた。

( ② )、「老化」のことですね、と念を押すと、「そうだ」との返事だった。

 この頃の医者は「老化」とは言わないんだな、と友人は半ば驚き、半ば感心したよ
つぶや ある
うに呟いた。それが一般的な傾向であるのか、或いは「加齢」が正式の医学用語であ

るのか、詳しい知識は当方にない。ただなんとなく、<老化>という表現にこもる衰

退感を避けて<加齢>と言い替えただけではないのか、との疑問は残った。<老人>

という語を用いずに、<高齢者>と呼ぶのに通ずる心理がそこに働いているような気

もした。

 老人間題、と口にすると老いた身体と向き合う感じがあるのに対し、高齢者問題、
ぬく
と言い替えたとたんに身体の温もりがすっと遠ざかって、なにやら堅苦しい社会的課
④ つくろ
題を前にした印象が強くなる。だが、私は、老人でいいではないか、言葉を繕わず<
かし
老人>と呼べばいいではないか、と首を傾げたくなる。

 とはいえ一方では、<老人>と<高齢者>は同じではない、との思いもある。<高

齢者>とは年齢で数えられた区分であり、いわば時間の数量的把握の結果に過ぎない。

六十五歳以上であれ、七十歳以上であれ、一本の線を引きさえすれば<高齢者>は出
はら
現する。しかし<老人>の方は、時間の数量のみでは計れぬ要素を孕んでいる。そこ

には生きた歳月の内に蓄積されて来た質の重みとでもいったものが含まれている。シ
ひだ たた
ワの襞やシミによる肌の変色には経験の深みが湛えられ、頭髪の変容には単なる時間

54

の長さではなく、その起伏の影が刻まれているだろう。それらは全てまさに<老人>

の特権的所有なのであり、若い人々がいかに努力しても手に入れられるものではない。

こう考えれば、年齢を重ねさえすれば誰でも<( ア )>にはなれるのに対し、本

当の<( イ )>になれるとは限らないことになる。だからこそ、<( ウ )>

という言葉を用心深く避けて<( エ )>なる表現を用いるのかもしれない。

 ところで、<老人>観における男女差には微妙な違いがある。女性には<老婆>と

か<老女>といったイメージ豊かな語があるのに、男性の側にはそれに対応するもの

が貧しい。かつては<老爺>という言葉もあったが、今はほとんど影が薄くなってし

まっている。これは女性の方がより豊かな生き方をして来た故なのであろうか。

                   (黒井千次 「加齢と老化」 による)

問1 ①「カレイのためだ、との答えだった」とあるが、医者はなぜ「カレイ」とい

   う言葉を使ったのか。

 1 一般的な傾向だから。

 2 医学用語だから。

 3 <老化>という表現がもつ衰退感を避けたいから。

 4 理由ははっきりしない。

問2 ( ② )にはどの語が入るか。

 1 なるほど            2 つまり

 3 はたして            4 いわば

問3 ③「そこに」とあるが、「そこ」は何を指すか。

 1 医者が「老化」と言わないこと。

 2 「老人」という語を使わず、「高齢者」と呼ぶこと。

 3 「老化」という語を使わず、「加齢」と言い替えたこと。

 4 「老化」という表現を使わないこと。

55
つくろ
問4 ④「だが、私は、老人でいいではないか、言葉を繕わず<老人>と呼べばいい
かし
   ではないか、と首を傾げたくなる。」とあるが、筆者はどうしてそう思ったのか。

 1 老人が老いるのは当然のことであり、あるがままに語ればいいと思うから。

 2 老人は誰でも自分の老いた体と向き合わなければならないから。

 3 老いることは、単に年齢という時間の数量のみでは計れぬものだから。

 4 高齢者という語には、老人を差別する意味合いを含んでいるから。

問5 ⑤「起伏の影」という語の説明としてふさわしいのはどれか。

 1 経験の深み           

 2 豊かな生き方

 3 波乱に富んだ人生           

 4 失敗と挫折の歴史

問6 ア〜エに入る語の組み合わせとしてただしいのはどれか。

 1 ア:老人   イ:高齢者  ウ:高齢者  エ:老人        

 2 ア:老人   イ:高齢者  ウ:老人   エ:高齢者 

 3 ア:高齢者  イ:老人   ウ:高齢者  エ:老人 

 4 ア:高齢者  イ:老人   ウ:老人   エ:高齢者 

56
問題Ⅱ 次の(1)から(3)の文章を読んで、それぞれの問いに対する答えとして、
     最も適当なものを1、2、3、4から一つ選びなさい。

(1)東大・苅谷剛彦享受グループの調査(2002 年)によると、この 12 年間で子ども


たちの学力は全般的に大きく低下していることが確認できるという。長文読解や論述

能力の低下は、従来から指摘されているとおりだが、それに加えてもっと深刻な問題

が生じているという。
あらかじ
 共通一次試験で五択方式の選択問題が飛躍的に普及したとき、予め用意された答え

の中からの選択という試験のスタイルは、子供の思考力や独創性を害するとの批判が

上がったが、現状は更に悲惨だという。この調査によると、選択問題で答えを何も選
(注1)
ばなかった「無答」率が、1989 年調査と比較して、どの問題でも増加している。当てずっ

ぽうでもいいから答えを書く生徒が減り、何も書かない生徒が増えたのである。これ

は知識の不足ばかりでなく、選択肢の中からの選択決定能力さえも失った子供の増加
いちべつ
を意味する。五択などというのは、問題を一瞥して、ある程度直感を働かせれば、二
しぼ
つの選択肢くらいには絞れるものが多い(もちろん、絞られた二択から正答を選ぶに

は考える力が要求sされるが)。そういう知覚は知識というより生活感覚に属している
はる
と私は思うが、その低下は知識の量的減少よりも遙かに深刻ではないだろうか。  

              (長山靖生「若者はなぜ決められないのか」より)

 (注1)当てずっぽう:根拠のないまま、適当に直感で選択すること。

問1 ①「この 12 年間で子どもたちの学力は全般的に大きく低下していることが確認

   できる」とあるが、筆者は何が最大の原因だと考えているか。

 1 長文読解や論述能力の低下    2 五択方式の選択問題のの普及

 3 思考力や独創性の喪失      4 選択決定能力の喪失

問2 ②「そういう知覚」とあるが、何を指しているか。

 1 二択から一つを選ぶ感覚     2 五択から一つを選ぶ感覚

 3 五択から選択肢を二つに絞る感覚 4 生活感覚

57
(2)よく、「詩を書こうと思っても、語彙が貧弱で……」 と言う人がいる。私はつ

ねづねそういうことがあり得るものかどうか(  ①  )思っている。自分以外の

どこかに「語彙」の宝庫があるかのように聞こえるからだ。

 日常用いているありふれた言葉が、その組み合わせ方や、発せられる時と場合によっ
へんぼう
て、とつぜん凄い力をもった言葉に変貌する。そこにこそ、「言葉の力」の変幻ただな

らぬ現れがあり、そこにこそ言葉というものを用いることの不思議さ、恐ろしさがあ

るということだ。なぜそういうことが生じるのだろうか。結局のところ、事がらは次

の一点に帰着するだろう。つまり、我々が使っている言葉は氷山の一角だということ

である。氷山の海面下に沈んでいる部分はなにか。それは、その言葉を発した人の心

にほかならず、またその心が、同じく言葉の海面下の部分で伝わり合う他人の心にほ
のぞ
かならない。私たちが用いている言葉は、そういう深部をほんのちょっぴり覗かせる
のぞ
窓のようなものであって、私たちはそれを覗き込みながら相手の奥まで理解しようと、

たえず努めているのである。現代の作品を読む場合でも、自分が非常に感動したある

作品を、他人が「なんだこれはつまらない」と言い捨てるのは、その人にはたまたま

言葉の氷山の下側の部分の面白さが感じとれないからである。    

               (大岡信『詩・ことば・人間』<講談社>による)

問1 〔 ① )にはどの語が入るか。

 1 おもしろく           2 疑わしく

 3 腹立たしく           4 興味深く

問2 ②「日常用いているありふれた言葉が、その組み合わせ方や、発せられる時と

   場合によって、とつぜん凄い力をもった言葉に変貌する。」とあるが、筆者はど

   うしてそういうことが生じると考えているか。

 1 言葉そのものが、時と場所によって変化する変幻自在の力だから。     

 2 言葉は、本来、不思議で恐ろしい力をひめているものだから。     

 3 言葉の奥にある人の心が、相手の心と共鳴し合うことがあるから。   

 4 言葉は人と人がコミュニケーションするための一番大切な手段だから。

58
(3)ある人が仕事の途中で早退した。翌朝、同僚が出社してきたその人に尋ねた。
    A: 「昨日、なんで帰ったの?」

    B: 「電車で。」

これはコミュニケーション不調のかなり深刻な事例である。

 確かに、「どうして帰ったの?」という問いが「帰宅の手段」にかかわる問いである

のか、「帰宅の理由」にかかわる問いであるのかは、さしあたりこの一問一答だけから

判断することはできない。しかし、私たちは日常会話においては、このような判断を

わけなくクリアしている。
まぬが
 ( ② )私たちが誤答を免れているのかというと、「昨日、なんで帰ったの?」と

いう問いかけに対して、私たちは常に「この人は『こう訊くことによって何を訊きた

いのか?』」という「問いについての問い」を、返答に先だって自分に向けているから

である。だからもし、このとき、たまたま職場の人びとが「帰宅の手段としてはどの

ような交通手段が適切であるか」というような議論を交わしている最中であったとす

れば、「電車で」が期待された正解のひとつである可能性も排除できない。

             (多田道太郎「ものまねーしぐさの日本文化ー」による)

問1 ①「電車で。」とBさんは答えているが、どう答えるべきだったのか。

 1 あいにく残業があってね。

 2 気分がすぐれなくてね。

 3 このごろ体調がよくなくてね。

 4 最近、仕事が忙しくてね。

問2 ( ② )にはどの語が入るか。

 1 どうして            2 いったい

 3 要するに            4 なぜなら

59
解答と解説

問題Ⅰ
ねん お
ぼやける: 念を押す:
つぶや とうほう
呟く: 当方:
くび かし はら
首を傾げる: 孕む:
たた け はい
湛える: 気配:
かげ うす
かつて: 影が薄い:

<解   説>

問1:「<老化>という表現にこもる衰退感を避けて<加齢>と言い替えただけではな

   いのか」というのは、「疑問は残った。」の一言にあるように、筆者の推測。

問2:
「なるほど」は事情を知って納得したときに使う副詞、
「はたして」は「ほんとうに」、

   「いわば」は「たとえて言うなら」を表す副詞。解答は「つまり」だが、
「加齢=老化」

   という言い替えに使う副詞。

問3:1、2は明らかな間違い。3か4かの選択になる。

問4:「言葉を繕わず」の意味がわかれば、「言葉を繕わず」=「あるがままに語る」 
   となるので、解答は容易だが、わからなくても、前の文「老人問題、と口にす
   ると……堅苦しい社会的課題を前にした印象が強くなる。」からも推測できる。
問5:「起伏」は「上下」「プラスとマイナス」を表す語なので、4ではなくなる。

問6:ア、イはすぐわかるはず、ウ、エは文脈をよく考えて選択しよう。

問題Ⅱ
(1)
a
当てずっぽう: スタイル:

<解   説>

問1:1、3は原因ではなく、結果として述べられている。そこで、2か4かの選択

   になるが、「全体から部分へ」という読解の原則に立ったとき、筆者が最も深刻

   問題として取り上げているのは何か、明らかにある。

問2:
(もちろん、絞られた二択から正答を選ぶには考える力が要求されるが)という、

   但し書き部に惑わされないようにしよう。

60
(2)
つねづね: ありふれる:

ただならぬ: 〜にほかならない:
つと
努める: たまたま:

<解   説>

問1:文脈から「疑問に思う」という語が浮かぶかどうか。「疑問に」と「疑わしく」

   は同義語となる。なお、「腹立たしい」は「腹が立つさま」、怒りの感情がわく

   ことを表す。

問2:「結局のところ、事がらは次の一点に帰着するだろう。」とあり、理由の説明は

   後段で述べられている。前段の内容である1、2は選択肢から外れるので、3
へんぼう
   か4になるが、4は「とつぜん凄い力をもった言葉に変貌する」理由とはなら

   ない。

(3)

〜にかかわる: さしあたり:

わけなく: クリアする:
まぬが
免れる:

<解   説>

問1:1、4がおかしいことはすぐわかる。したがって、2か3かになるが、「気分が

   すぐれない」は「感情や気持ち」が良くないという意味で、「健康状態が悪い」

   という意味にはならない。したがって、早退の理由としては不適当。

問2:これは「どうして〜かと - いうと/いえば」「なぜ〜かと - いうと/いえば」と

   そのまま形で覚えておくといい。ここから、「なぜなら/なぜかというと」など

   の接続詞が生まれる。

<第7回解答>
問題Ⅰ 問1:3 問2:2 問3:3 問4:1 問5:3 問6:4
問題Ⅱ (1)問1:4 問2:3   (2)問1:2 問2:3 
    (3)問1:3 問2:1 

61
第8回
問題Ⅰ 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。答えは、1、2、3、4から最
     も適当なものを一つ選びなさい。

 現代思想の中心的なテーマの一つに、「人間」中心主義批判というのがある。言うま

でもなく、これはかなり一般常識に反した発想である。どんな自明の理でも疑うこと
(注1)
を特性とする哲学の世界でも、「人間」の価値を疑うことは長い間タブーであった。

 そのタブーを破るきっかけになったのは、第二次世界大戦による「 人間性の限界」
(注2) (注3)
の体験がある。ナチス・ドイツが、六百万人のユダヤ人を虐殺したことは、周知のよ

うに世界に衝撃を与えた。( ② )哲学・思想史的に重要なのは、大量虐殺という「客
わざ
観的事実」そのものよりも、それが単なる「動物的な野蛮」のなせる業ではなく、特

定の「人間」観から体系的に導かれる帰結だったということである。

 ナチスの「人間」観というのは、アーリア人(ゲルマン民族)を最も優秀で「人間らしい」

人間と規定し、それから最も遠いとされるユダヤ人は劣等人種であり、人類に害をな

す害虫と見なすものだった。従って、ユダヤ人を絶滅=排除することは、「人類=人間

性」の健全な発展を図るためにアーリア人に与えられた世界史的使命ということにな

る。ナチスは、そうした自らの人間・世界観に極めて忠実に行動したわけである。自

らが信ずる人類の未来のために積極的にかかわることを、「人間中心主義=ヒューマニ

ズム」と呼ぶとすれば、ナチズムは間違いなく「ヒューマニズム」である。

 無論、このような言い方をすれば、「人類」の中に「人種」的優劣を持ち込んだりす

るのは、本来の「ヒューマニズム」ではない、という反論が当然出てくるだろう。い

わゆる「ヒューマニスト=人道主義者」を自称する人たちのほとんどは、「ヒューマニ

ズム」とは、特定の人々ではなく「すべての人間」を大事にする思想だと主張する。

しかし、その場合の「すべて」というのは、通常思われているほど単純なことではない。

 最近、国際政治でよく話題になるように、ある地域で、国家と国家、あるいは民族

と民族が戦争をしている場合、それに対してどのような態度を取るのが最も「( ④ )」

かというのは、常に難しい問題である。戦争・武装対立に際して、軍事的であれ非軍
62
はんちゅう
事的であれどちらかの味方をすれば、事実上、守るべき「人類」の範疇から一方を切

り捨てることになる。中立不介入という手もあるが、それは見方によっては、自分が

あずかり知らぬところで人が戦争で死んでいくのも止むなし、と諦めてしまうことを

意味する。

 そうした日本的で曖昧な態度ではダメだということで、「人道的介入」をめぐる議論

が徐々に盛んになりつつある。倫理的・法的に正当化可能な普遍的「( ア )」の基

準を掲げ、それを実現すべく、敢えて紛争の中に入っていくことは、一見、極めてヒュー

マニスティックな行為であるように見える。しかしそれは、裏を返せば、「( ア )」
かな
に適っていない側、つまり「悪」の側を人類全体のために除去するのもやむを得ない

と決断することを意味する。そうした「決断」は別にブッシュ大統領の専売特許では

ない。どのような「人道的介入」も、人類の善なる部分と悪なる部分を区別して、( 

 ⑤  )、という判断を必然的に伴っているのである。

                      (仲正昌樹「不自由論」より)

 (注1)タブー:社会的に厳しく禁止される特定の行為。

 (注2)ナチス:ナチ党(国家社会主義ドイツ労働者党)の通称。

 (注3)ユダヤ人:ユダヤ教徒を、キリスト教の側から別人種と見なして呼ぶ称。

問1 ①「『人間性の限界』の体験」とあるが、その説明として適当なものはどれか。

 1 ナチス・ドイツが、六百万人のユダヤ人を虐殺したこと。

 2 双方が人間主義の旗を掲げて第二次世界大戦を起こしたこと。

 3 特定の「人間」観から、それに適合しない人間を排除する行為が起こったこと。

 4 地球上から、人種差別や民族差別がいつまでもなくならないこと。

問2 〔 ② )にはどの語が入るか。

 1 ところで            2 すなわち

 3 むしろ             4 しかし

63
問3 「その場合の『すべて』というのは、通常思われているほど単純なことではない」

   とあるが、それはなぜか。

 1 ヒューマニズムそのものが、善悪の区別を前提にしたものだから。    

 2 人間の心に欲望がある限り、人に優劣をつける行為はなくならないから。

 3 「すべて」の人が納得するような普遍的な基準を考えることは不可能だから。 

 4 民主主義は多数決の原理であり、少数意見が残ることは避けがたいから。

問4 〔 ④ )にはどの語が入るか。

 1 哲学的             2 常識的

 3 人道的             4 普遍的

問5 ア、イには同じ語が入るが、それはどれか。

 1 主義              2 思想

 3 使命              4 正義

問6 ( ⑤ )にはどの文が入るか。

 1 前者のために、後者を排除することはしかたがない

 2 後者のために、前者を排除することはしかたがない

 3 前者のためにも、後者との共存を図るべきである

 4 前者と後者は厳格に区別されるべきである

64
問題Ⅱ 次の(1)から(3)の文章を読んで、それぞれの問いに対する答えとして、
     最も適当なものを1、2、3、4から一つ選びなさい。

(1)現代人は、いつまでに何をする、何年後までに何をすると、時間を先取りする
ことで人生を生きている。人生とは、すなわち予定なのである。予定を立てたのは自

分なのに、時間がないと不平を言う。

 しかし、全く当たり前のことなのだが、人生の時間は有限である。いつも人はそれ

を忘れて、他人事みたいに自分の人生を生きている。時間は前方へ流れるものと錯覚

しているからである。人生は、生から死へと向かうもの。死は今ではない先のもの。

しかしこれは間違いである。死は先にあるものでなく、今ここにあるものだ。こうい

う当たり前の事実に気がつくと、時間は前方へ流れるのをやめる。存在しているのは

今だけとわかる。一瞬一瞬が永遠なのである。有限のはずの人生に、なぜか永遠が実

現している。永遠の今は、完全に自分のものである。人生は自分のものである。この

当たり前には、生きながらに死ななければ気づかない。   

                  (池田晶子『四一歳からの哲学』より)

問1 ①「他人事みたいに自分の人生を生きている」とあるが、どのように生きてい

   ると筆者は考えているか。

 1 他人のことを考えないで、自分のことだけ考えて生きている。       

 2 死は先のものと考えて、予定を立て、予定に追われる生活をしている。

 3 人生は短いと考え、忙しく、いつも時間に追われる生活をしている。  

 4 時間が静止した、永遠の現在のなかを生きている。

問2 ②「この当たり前には、生きながら死ななければ気づかない。」とあるが、「生

   きながらに死ぬ」とはどういうことか。

 1 一生懸命生きている人は、死について考えることはないこと。

 2 人生は死に向かって進んでいると考え、死に備えること。

 3 死は先にあるものでなく、今、この瞬間にもあると自覚すること。

 4 生きてはいるが、実際は死んでいるのと同じ状態であること。

65
(2)視覚、聴覚、触覚、あるいは味覚や嗅覚、こういう感覚群を思い浮かべてみると、
ふさ
眼は閉じてさえいなければ見え、耳は塞いでいなければ聞こえ、手は何かに接触さえ

していれば触覚があるというふうに、感覚は人間の( ① )な条件に規定されては

いても、社会的・文化的な条件に規定されているようにはみえない。

 しかし、果たしてそうだろうか。例えば、世界をあるがままに見よ、あるがままに聴け、
ぼう ぜん
という要求を前にして、私たちは呆然とせざるをえないのではないだろうか。自然な

知覚、あるがままの感覚などというものがほんとうにあるのだろうか。何かを見れば
しりぞ
何かが背景に退き、何かを聴けば別の何かが聞こえなくなる。こういう現象はしばし

ば感覚の志向性というふうに呼ばれたりもするが、実際、何を優先的に知覚するかと

いうことは、単純に生理的な条件で決まるものではなく、むしろ文化的な感受性や対

象理解の言語的・概念的な構造によって深く規定されている。私たちの身体的生存は

制度的な技法に深く規定されているように思われる。感覚と意味が、ともに「センス」

と呼ばれることには、それなりの意味が隠されているのであろう。    

                  (鷲田清一「悲鳴を上げる身体」より)

問1 ( ① )にはどの語が入るか。

 1 制度的            2 生理的

 3 空間的            4 時間的

問2 ②「感覚と意味が、ともに「センス」と呼ばれることには、それなりの意味が

   隠されているのであろう」とあるが、どのような意味が隠されているのか。

 1 感覚は独立していて、社会的・文化的な条件に規定されていないこと。

 2 私たちの感覚が、身体が置かれた条件に深く規定されていること。

 3 自然な知覚、あるがままの感覚というのは、もともと存在し得ないこと。

 4 感覚は特定の文化や社会における世界の解釈法や意味と不可分であること。

66
(注1) みやこ

(3)イラク戦争のとき、朝目新聞の社説は「米英軍はバグダッドを流血の都にして
たて
はならない。フセイン大統領は国民を盾にするような考えを持ってはならない」と書

いた。この文章はまったく正しい。まったく正しいけれど、いったい、この文が誰に

向かって語りかけているのか、私にはよく分からなかった。

 読者に向かって語りかけているのだろうか?どうも、そのようには思えない。とい
(注2) はさ
うのは、読者たちは米英軍の作戦内容に口を挟める立場にないし、フセイン大統領の「考

え」をコントロールする能力も持たないからだ。( ① )、その「言ってみてもはじ

まらない」ことを、この論説委員はくどくど書いている。そしてそのことに本人はお
② むしば
そらく違和感を覚えていない。この事実のうちに、私は私たちの時代の言説を蝕んで
やまい ちょうこう
いるある種の「病」の徴候を感知するのである。私が「病」というのは、この論説委

員が興味を持っているのは「正論を述べる」ことであって、「言葉を届かせる」という

ことにあまり興味がないということである。         

                (内田樹「子どもはわかってくれない」より)

 (注1)バグダッド:イラク共和国の首都。
はさ
 (注2)口を挟む:他人の会話に横から割り込む。

問1 ( ① )にはどの語が入るか。

 1 にもかかわらず        2 だからこそ

 3 それはさておき        4 だからといって

むしば やまい ちょうこう


問2 ②「私たちの時代の言説を蝕んでいるある種の「病」の徴候」とあるが、どの

   ような「病」なのか。

 1 自分の言葉に責任を持たないこと        

 2 読者好みの言葉を濫用すること

 3 読者に訴える言葉を考えないこと    

 4 読者が興味のないことを書くこと。

67
解答と解説

問題Ⅰ
じ めい り
自明の理: タブー:
じん
ナチス: ユダヤ人:
わざ じん
業: アーリア人:
みんぞく し
ゲルマン民族: あずかり知らぬ:

〜べく(目的): 敢えて:

やむを得ない:

<解   説>

問1:2、3は本文と無関係。従って1か4になるが、哲学の立場から考えると?

問2:
「ところで」は話題転換、
「すなわち」は言い換えなので、選択から除外され、
「し

   かし」か「むしろ」になるが、
「むしろ」は「〜よりも、むしろ〜」と使われる副詞。

   ここは、前文(史実)と後ろの文(哲学的な見方)が逆説で結ばれている。

問3:後段で理由が述べられている。「戦争・武装対立に際して、軍事的であれ非軍事

   的であれどちらかの味方をすれば、……一方を切り捨てることになる。」という

   のは、言い換えれば、双方が納得させられる基準がないことを意味している。

問4:意味から考えて、「人道的」しか残らない。
かな
問5:<「( ア )」に適っていない側、つまり「悪」>から判断する。「悪」と対立

   する語は?

問6:前の文と同じ内容が反復され、<「悪」とされる側の除去>が強調されている。

問題Ⅱ
(1)
さき ど た にんごと
先取りする: 他人事:

生きながらに:

<解   説>

問1:1、4は明らかな間違い。3は「人生は短いと考え」という箇所が間違い。

問2:「生きながらに死ぬ」という箇所は、「死は先にあるものでなく、今ここにある

   ものだ。こういう当たり前の事実に気がつく」という前の文の内容を指している。

68
(2)

果たして〜だろうか: あるがまま:
ぼうぜん
呆然とする:

<解   説>

問1:前の文で、視覚、聴覚、触覚のことが取り上がられているが、それらは全て、肉体的・

   生理的ことがらで、時間的、空間的な事例でもない。

問2:
「読解は消去法で」、これは原則であるが、1は明らかに間違い、2は文中のテー

   マとは無関係なこと。3か4が残るが、
「感覚=センス」「意味=センス」と「セ

   ンス」が両方の意味で使われると言うことは、二つが分けがたいことを表して

   いる。

(3)
たて
〜を盾にする: 〜てもはじまらない:
むしば
くどくど: 蝕む:
ちょうこう
徴候:

<解   説>

問1:意味的には「それなのに」のグループが使える。選択肢中の「にもかかわらず」
   が同じグループに属している。ちなみに、「だからこそ」は「正にその理由で」
   と理由を強調する接続詞、「それはさておき」は「(前の事柄を)一旦保留して」
   という意味を表す接続詞、「だからといって」は「たとえそうであっても」とい
   う意味を表す接続詞。
問2:1、2は本文とは全く関係のない内容。うっかりすると、4を選んでしまうが、
   後ろの文<「言葉を届かせる」ということにあまり興味がない>というのと、 
   4「読者が興味のないことを書く」は全く異なる。

<第8回解答>
問題Ⅰ 問1:3 問2:4 問3:3 問4:3 問5:4 問6:1
問題Ⅱ (1)問1:2 問2:3   (2)問1:2 問2:4 
    (3)問1:2 問2:4 

69
第9回
問題Ⅰ 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。答えは、1、2、3、4から最
     も適当なものを一つ選びなさい。

 人間の死の医療にまつわる一つの大きな問題は、延命治療と尊厳死問題である。医
すで
療の手を加えなければ既に死んでいる人に、濃厚な医療手段を使って命を長らえさせ

る。それが患者の苦しみを長引かせ、経済的な負担を増加させることがあっても、少

しでも長く心臓を動かしておくということに全力が注がれる。これは医学が病気を治

し、命を救うための学問であると同時に、死を敗北ととらえて、それをできるだけ避

けようとすることに起因する問題であろう。

 医師の目指すものと患者の希望がかみ合わないのである。これはどちらがよいとか

いう問題ではなく、医師と患者・家族がよく話し合い、お互いの考えを示し合って適
せっちゅうてん
切な折衷点を探りださなければならないということではなかろうか。医療者側には患

者の意思を尊重するという態度が要求されるし、患者側には自分の意思をきちんと伝

えるという責任が要求される。このような医師と患者間の話し合いが日常に行われる

ようになれば、ほんとうの意味でのインフォームド・コンセントが確立するであろう。

 国民の生活水準が上がり、健康管理がきちんと行われ、医学知識が行き渡ったこと

によって、私たちの平均寿命が著しく延びた。人々が長寿になること自体は喜ばしい

ことであるが、老年期は青年期や壮年期に比べると、苦しみの多い時期でもある。老
はんりょ
化により、体に色々な故障が出たり、自分の伴侶をはじめとして、近しい人の死に次々
わずら
と出会うことも多い。( ③ )、自分の身の回りのことをするにも、他の人の手を煩

わせなければならないこともしだいに多くなれば、遠慮して我慢しなければならない

ことも増えてくる。物忘れをはじめとした精神的な衰えを感じる人も多いであろう。

 このような老いの寂しさをよくわきまえて、若いうちから心の準備をしておく必要

があるのではなかろうか。そのためには、若いうちに老いとは何かということを知ら

なければならない。その最善の方法は若い人々が高齢者と接する機会を増やすことで

ある。現在、高齢者の介護の人手不足が社会問題として浮かびあがっているが、それ

70
はすべてお金で解決しようとしているためであるように思われる。生産性という視点

から目をそらせて、精神的なものに目を向けると、これほど豊かな資源はないという

ことに気づくであろう。どんな小さな子供でも、高齢者を喜ばせることができるし、

自らを高齢者と思っている人も、まだ社会に参加できるという自信をもつであろう。

誰もが障害者や高齢者の介護にかかわり、そこから得られる精神的な喜びを知るとき、

はじめて高齢化社会の問題は解決すると私は考えている。
ほんろう
 医療の進歩に翻弄されてしまわないように、今、私たちがしなければならないこと

は命についての教育と思索であり、そのためにも介護の社会化が重要であると私は考
ろうにゃくなんにょ
えている。私たちは障害者や高齢者の介護に、老若男女を問わずかかわることで、老

いや病気について実地に学ぶこともできるのであり、その経験はその人の死生観の確
にな
立に重要な役割を担うはずなのだ。        

        (柳澤佳子「医学の進歩と生命」より)

 (注1)インフォームド・コンセント:医学的処置や治療に先立って、それを承諾し

    選択するのに必要な情報を医師から受ける権利。
はんりょ
 (注2)伴侶:つれあい。夫にとって妻、妻にとって夫。

 (注3)わきまえる:よく判断して行動する。

 (注4)ハンチントン病:脳細胞がじょじょに失われていく病気。

問1 ①「医師の目指すものと患者の希望がかみ合わないのである」とあるが、どこ

   がかみ合わないのか。

 1 医者は患者の苦しみや経済的負担を考え、延命治療をするかどうか迷うが、患

   者やその家族は、一日でも命を長らえることを望むこと。

 2 患者は一日でも長く生きたいと思い、医師もそれに応えようとするが、患者の

   家族は経済的な負担が重く、耐え難い状態に陥ること。

 3 医師は延命を第一に考えるが、患者は苦しみが長引くことや、経済的な負担の

   増加を望まず、尊厳死を望むこと。

 4 医師や患者の家族は患者の延命を望むが、患者は植物状態になってまで生きて

   いたいとは望まないこと。

71
問2 ②「ほんとうの意味でのインフォームド・コンセントが確立するであろう。」と

   あるが、筆者が考えるインフォームド・コンセントの内容はどれか。

 1 生きられる可能性がある限り、手を尽くして延命を追求すること。

 2 尊厳のうちに死ぬことは患者の権利であり、その希望を尊重すること。

 3 両者が十分話し合い、対立する場合は患者の意向を尊重すること。

 4 両者の普段のコミュニケーションが大切で、双方合意の上で治療に当たること。

問3 〔 ③ )にはどの語が入るか。

 1 また              2 さて

 3 だが              4 それで

問4 ④「それは」は何を指しているか。

 1 老いの寂しさ          2 介護の人手不足

 3 高齢者と接する機会       4 高齢者の介護

問5 ⑤「これほど豊かな資源はない」とあるが、どのような点が豊かな資源なのか。

 1 高齢者介護にかかわることで、精神的な喜びや死生観の確立に役立つ。

 2 子どもや若者が高齢者介護にかかわることで、介護の人手不足が解消する。

 3 高齢者介護にかかわることで、老いや病気について実地に学ぶことができる。

 4 子どもや若者が高齢者介護にかかわることで、高齢化社会問題が解決できる。

問6 ⑥「介護の社会化が重要である」とあるが、筆者が考える「介護の社会化」の

   内容はどれか。

 1 国として、法律的にも充実した社会保障の制度とシステムを整備すること。

 2 行政だけでなく民間企業も参入した高齢者介護のシステムを作ること。

 3 老若男女を問わず、誰もが高齢者介護にかかわるようなシステムを作ること。

 4 医療と介護が一つとなったシステムを市民が参加して地域に作ること。

72
問題Ⅱ 次の(1)から(3)の文章を読んで、それぞれの問いに対する答えとして、
     最も適当なものを1、2、3、4から一つ選びなさい。

(1) 原日本人の境界認識として、ウチ・ソト認識の外側にヨソという世界がある。
ウチ=自分中心の仲間、ソト=その外側の関係ある世界、ヨソ=無関係で無視できる

世界、というわけである。昔の人はウチのものには親しみのあるくだけた言葉を使い、

ソトのものには敬語を使い、ヨソのものとはコミュニケーションせずに無視した。同

じ電車に乗り合わせた乗客は何も問題が起こらなければ無視できる( ア )であるが、

話をしたり文句を言ったりするような関係が生じた時点で( イ )のものになる。

 今の日本人の礼儀語不足は、ウチ・ソト・ヨソ認識に狂いが生じたことが原因と考

えられる。ヨソのものがソトのものになっているのに、態度や言葉は依然としてヨソ
ごう に
扱いのままなのである。大学の教授が授業中の学生の私語に業を煮やしているが、今

の学生にとって教授は自分と関係のあるソトの人間ではなく、自分と無関係なヨソの
ひそ
人間なのである。だから、電車の中で友人と話すのとまったく同様に、授業中声を潜

めるでなく、友人と会話ができる。 (浅田秀子「敬語で説く日本の平等・不平等」より)

ごう に
 (注1)業を煮やす:異なった文化に接した時に受ける精神的な衝撃。
ひそ
 (注2)声を潜める:心が広くて、善悪の区別なく受け入れる。

問2 ア、イに入る語の適当な組み合わせはどれか。

 1 ア:ヨソ イ:ウチ       2 ア:ヨソ イ:ソト

 3 ア:ソト イ:ウチ       4 ア:ソト イ:ヨソ

ひそ
問1 ①「授業中声を潜めるでなく、友人と会話ができる。」とあるが、それはなぜか。

 1 今の学生にとって、教授は尊敬の対象ではなくなったから。

 2 今の学生にとって、教授の話より友人との会話の方が大切だから。

 3 今の学生にとって、教授は友達と同じ対等な存在と考えているから。

 4 今の学生にとって、教授は自分と無関係な存在と考えているから。

73
(2)世界には様々な文化があり、それぞれ固有の世界観を持っている。しかし、そ
うした多様性は、効率性の悪いシステムであると言える。相手の文化的な背景を理解し、

「生きる意味」を理解しようとしていては、コミュニケーションの効率は良くない。そ
いら だ
ういったコミュニケーションのあり方に苛立つ人たちもいる。

 世界が多様な文化によって成り立っていることによる非効率性、それを解決するの

が「数字信仰」に他ならない。その文化がどうであれ、一万ドルは一万ドルでしょう?

年収三万ドルのほうが一万ドルよりもいいでしょう?だからどんな文化に属する人で

もみんなが高収入を求めていきますよね?というわけだ。グローバリズムが依拠して

いるのは、まさにこの「多様な文化を超える数字信仰」に他ならない。数字は効率的だ。

数字は分かりやすい。相手の「生きる意味」だの何だの、面倒くさい話をする必要がない。

ハウマッチ?とさえ聞いていればいいのだ。しかし、現在の世界で起きていることは、

そうやって誰にも通用する「意味」を求めるあまり、結局のところ誰の意味にもなら

なくなる、という皮肉な現象である。収入の数字が上がればそれだけで幸せになると

いう薄っぺらな「生きる意味」では、私たちは実のところ自分の人生を生きている実

感が得られないのである。

           (斎藤茂太「人間の魅力の育て方」<ダイヤモンド社>より)

 (注1)グローバリズム:市場経済が地球規模に拡大していくこと。地球化。

問1 ①「ハウマッチ?とさえ聞いていればいいのだ。」という一言に筆者のどのよう

   な気持ちが込められているか。

 1 賛嘆             2 面倒

 3 苛立ち            4 皮肉

問2 筆者が本文で述べている内容と合っているものはどれか。

 1 グローバリズムは、文化の多様性を認めあい、共存することを目指している。

 2 グローバリズムは、収入が増えれば幸せが増えるという数字信仰に立っている。

 3 グローバリズムは、多様な文化を一つの世界文化へと発展させつつある。

 4 グローバリズムは、世界に存在している様々な文化を破壊しつつある。

74
(3)水が豊かな日本では、「水は天からもらい水」というように、ただで手に入るも
のという意識が支配的だった。現代でも水道から水が出るのは当たり前で、水の心配

する人は少ない。我が国の生活用水の年間使用量を見ると、( ア )傾向が続いてい

たが、平成 10 年以降は( イ )傾向にある。一人一日あたりの生活用水の使用量に

関しては、平成 10 年以降はむしろ、やや( ウ )傾向と言えるだろう。

 なお、家庭用水の使用量に関しては家族が多い家庭ほど一人あたりの使用量が少な

くて済むから、(  ①  )や単身世帯の増加が進むと水の使用量が増加していくこ

とになる。

問1(ア)(イ)(ウ)に入る適当な語の組み合わせはどれか。

 1 ア:増加    イ:減少    ウ:横ばい           

 2 ア:増加    イ:横ばい   ウ:減少 

 3 ア:増加    イ:増加    ウ:減少         

 4 ア:減少    イ:横ばい   ウ:減少

問2 〔  ①  )にはどの語が入るか。

 1 都市化    2 過密化   3 高齢化   4 核家族化

75
解答と解説

問題Ⅰ

〜にまつわる: かみ合う:
い わた
インフォームド・コンセント: 行き渡る:
はんりょ
伴侶: わきまえる:
め やくわり にな¥
目をそらす: 役割を担う:

<解   説>

問1:
「かみあわない」は、意見や考えのやりとりがうまく一致しないという意味。1、

   2は本文の内容にあわないので選択肢から外れる。4は「家族は患者の延命を

   望む」の箇所が誤り。消去法で選択しよう。

問2:著者は患者側、医者側のどちらかの立場に立つことを述べてはいない。「お互い
せっちゅうてん
   の考えを示し合って適切な折衷点を探りださなければならないということでは

   なかろうか。」と述べている。

問3:前の文と後ろの文は、順接でもなく、逆説でもなく、似た内容の並立となっている。

   したがって、「また」となるが、「さて」は話題転換、「だが」は逆説、「それで」

   は理由を表す順接の接続詞。

問4:2か4が残るのだが、後ろに続く「生産性という視点から目をそらせて」とい

   う内容との整合性を考えると、<経済的な問題=人手不足>となる。

問5:前に「精神的なものに目を向けると」とあるので、1か3が残る。3は間違い

   ではないのだが、筆者はどうして豊かな資源なのかについて、二つ述べている

   ので、1が最終的に残る。こうした、最後の二つからの選択には注意を要す。

問6:筆者の言う「介護の社会化」は、制度的、法律的な観点からではなく、高齢者
ろうにゃくなんにょ
   介護に老若男女を問わずかかわることの大切さを強調している。

問題Ⅱ
(1)
ごう に
くだけたN: 業を煮やす:
こえ ひそ
声を潜める:

76
<解   説>

問1:「無視できる=ヨソ」はわかるので、選択肢は1か2になる。では、「関係が生

   じた時点で」どうなるか。電車の中で話をしたり文句を言ったりするような関

   係というのは、親しみのある関係ではないので、「ウチ」ではない。

問2:前の文に、「教授は自分と関係のあるソトの人間ではなく、自分と無関係なヨソ

   の人間なのである。」とある。

(2)
いら だ
苛立つ: グローバリズム:
めんどう
面倒くさい:

<解   説>

問1:「苛立ち」か「皮肉」かが残るだろうが、「苛立ち」は一種の「怒り」なので、 

   この文からは感じ取れない。

問2:1は明らかな間違い。3、4は本文中のどこにも述べられていない。先ず間違

   いを消す、次に本文で述べられていない物を消す。それが消去法の鉄則。

(3)
よこ
ただ: 横ばい:

<解   説>

問1:
「横ばい」というのは、グラフ上でほとんど変化がなく推移していることを表す。

   平成 10 年以降に注目すると、生活用水の年間使用量は 144-143-143 と変動がな

   く、一人一日あたりの生活用水の使用量は、
(324)323-322-322 と微減している。

問2:家族数が少なくなるのはどれかと考える。選択肢の中でもっとも明確なのは「核

   家族化」となる。

<第9回解答>
問題Ⅰ 問1:3 問2:4 問3:1 問4:2 問5:1 問6:3
問題Ⅱ (1)問1:2 問2:4   (2)問1:4 問2:2 
    (3)問1:2 問2:4 

77
第 10 回
問題Ⅰ 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。答えは、1、2、3、4から最
     も適当なものを一つ選びなさい。

 相手の話を聞く場合に、ただただ何でも受け入れてしまうというのは、必ずしもよ

い聞き方ではありません。何が事実で、何が事実でないか、といったことに気をつけ
(注1) ひ きょう
る必要があります。例えば、ある人物について、誰かが「彼は卑怯だ」と言っていた

とします。しかし、( ① )、自分もその人物を卑怯だと思い込むようなことはおそ

らく間違いです。「卑怯だ」というのは、そのことを言っていた人の個人的な感想に過
② う の
ぎないのであって、実はすごくいい人なのかもしれません。人の話を鵜呑みにするの

はよくないことです。何が事実で何が意見なのか、を見極める必要があるでしょう。

 これはうわさ話などの日常の会話だけではありません。ニュースを見るときでも同

じですし、インターネットでいろいろな情報を得る場合でも同じです。ある情報があっ

たとして、それが、本当に事実として理解していいのか、それとも、一つの意見に過
ぎん み
ぎないのかを吟味してみる必要があります。

 さて、では事実と意見とは何が違うのでしょう。事実とは誰もが共有できる情報です。

一方、意見とは( ③ )な観点による情報で、誰もが共有できないものです。例えば、

「この本はおもしろい」という文は、人によってどう感じるかが違うので、事実とは言

えません。一方、「この本は500円だ」というのは事実です。誰が確かめても変わら

ないことだし、その情報は誰もが共有できることだからです。

 事実か意見かを確かめる便利な方法はあるのでしょうか。一つの基準として使える

と思われるのが、「〜と思う」をつけてみるというテストです。「〜と思う」をつけて

みて、意味が全く同じなら意見、意味が違ってくるなら事実と考えて大体よさそうです。

例えば、
「この本は500円だと思う」という文についていえば、
(    ④    )

ので、事実だとわかります。

 ただし、事実と意見というのは、実はそんなに簡単に二つに分けられるものではあ

りません。というのは、ものにはとらえ方があるからです。例えば、ある人が話をし
78
ているとします。その場合に、その動きを「訴えている」 というか「語っている」と

いうか「おしゃべりしている」というか、どういう言葉を使って表現するかで違いが
びょうしゃ
できてしまいます。この世の中のことを描写する場合には、何らかの「判断」が入っ

てしまうということは否定できません。純粋な客観的事実などというものは、本当に

あるのか、これは考えようによっては大問題なのです。

 このことは、因果関係にも関わります。例えば、「彼はそれを聞いて、怒り出した」

という場合はどうでしょう。「彼はそれを聞いた」のも、
「彼が怒り出した」のも「事実」

だとします。しかし、この二つの出来事を因果関係で(    ⑥    )。「彼が

怒り出した」のが、「その話を聞いた」ことが原因であるとは限らないからです。この

ように、因果関係には解釈が入る余地があり、無条件には「事実」とは言えないのです。

 このように、事実ということが仮に言えるとしても、それをどう組み立てるかはむ

ずかしいのです。ある結論があるとして、本当にそれが判断の根拠と密接につながっ

ているかどうかも点検しましょう。 

              (森山卓郎「コミュニケーションの日本語」による)

ひ きょう
 (注1)卑怯:卑劣なこと。

問1 ( ① )に入る語はどれか。

 1 それにしては          2 それどころか

 3 なぜなら            4 だからといって

問2 ②「人の話を鵜呑みにするのはよくないことです。」とあるが、「鵜呑みにする」

   というのはどういう意味か。

 1 そのまま確かめずに受け入れること。

 2 事実かどうか確かめようとしないこと。

 3 事実と意見を混同してしまうこと。

 4 信じず、疑ってかかること。

79
問3 ( ③ )に入る語はどれか。

 1 独断的             2 個人的

 3 常識的             4 一方的

問4 ( ④ )に入る文はどれか。

 1 間違いなく500円だという意味となる           

 2 たぶん500円だろうという意味になる

 3 実際には500円でないかもしれない         

 4 もしかしたら500円かもしれない

問5 ⑤「事実と意見というのは、実は簡単に二つに分けられるものではありません」

    とあるが、それはなぜか。

 1 誰もが共有できる情報が事実であるが、個人のとらえ方は常に主観的であり、 

   誰もが受け入れ、共有できるものとは限らないから。

 2 人が語る「事実」というものは、個人的な感覚やとらえ方によって切り取られ

   た事実の一断片を表しているに過ぎないから。

 3 誰もが共有できるような、純粋な客観的事実などというものは、もともとこの

   世の中には存在していないから。 

 4 事実を描写する場合でも、どう表すかに際しては個人的な判断が伴っており、 

   無条件に事実とは言えないから。

問6 ( ⑥ )に入る文はどれか。

 1 結びつけることは容易なことではありません

 2 結びつけられるかどうかは保証されていません          

 3 結びつける根拠は何でしょうか

 4 結びつけているのは、その人の判断です

80
問題Ⅱ 次の(1)から(3)の文章を読んで、それぞれの問いに対する答えとして、
     最も適当なものを1、2、3、4から一つ選びなさい。

(1)発明家エジソンは、実験と繰り返すことで、改良をその都度加えながら、数え
切れないほどの行程を経て、電話機、白熱灯など、数多くの発明品を生み出していった。

それと同時に、発明に至るまでのすべての過程を通して、新たな知識をもまた生み出

していったのである。
(注1)
 どの分野でも共通だが、既存の知識をそのまま鵜呑みにし、知ったかぶって、「これ

は無理だ」という一言で片づけてしまえば、そこでものごとは簡単に終わる。だが、

新しいものを創り出していく人は、既存の知識をうまく消化し、そこに更に自分の思

考を加えることができる。そしてエジソンが実験を繰り返したように、自身の身体を

使うことによって、それまでとはまったく違った新しい世界を作り出していく。

 人が行動を起こすときには、必ず選択が行われている。その際、知識は選択に至る

までの思考に幅を与え、選択肢を増やす働きをしている。だが、
たとえ豊富な知識を持っ

ても、自分が何も行動しなければ、その知識は何の意味も持たないのである。

                    (磯崎史郎、川越真理「成功の森」より)

 (注1)知ったかぶる:それほど知らないのに、何でも知っているようにふるまう。

問1 ①「それまで」とあるが、何を指しているか。

 1 既存の知識の世界        2 今までの実験の結果

 3 発明に至るまでの過程      4 新たな知識の世界

問2 ②「たとえ知識を持っても、自分が何も行動しなければ、その知識は何の意味

   も持たないのである。」とあるが、筆者が言いたいことは何か。

 1 行動に結びつかないような知識をいくら学んでも意味はない。

 2 新たな知識への欲求が高いほど、行動への欲求も強くなる。

 3 知識は新しいものを作り出す行動と結びついてこそ価値がある。

 4 知識と行動を比べたとき、行動の方がより重要である。

81
(2)どうすれば独創的な人間になることができるのだろうか。この間題は簡単なよ
うで、非常に難しい。しかし、独創的な発想力ということを考えてみると、共通して

言われていることが一つある。それは「可変的な思考をせよ」ということだ。言い換

えれば、常識という一つの眼鏡だけで、ある現象を見つめて早急に判断を下そうとす
なが
るのではなく、常に他の様々な観点からそれを眺めてみることである。(  ア  )

 たとえば、常識的には一つの組み合わせしか考えられないものがあったとき、その

組み合わせを先ず変えてみるのである。(  イ  )すると、常識にとらわれている

ときには気づかなかった違う組み合わせ方を発見したりする。(  ウ  )だから、

独創的な人間になるためには、「経験ではこうだから、こうなる」という予測をできる

だけ排除しなければならない。(  エ  )頭が固いと言われる人たちは、ほとんど

の場合、自分の経験や既成の固定観念にとらわれて、それを疑おうともしない人たち

である。では、どうすれば固定観念を打ち破ることができるのだろうか。私が思うに、

これはあらゆる現象に対して、「なぜ?」という問いかけをしてみるということではな

いだろうか。「あれはこうなのだ」と決めつけないで、「本当にそうなのだろうか」と、

一応は疑ってみることではないだろうか。   (竹内均「自分を生かす選択」より)

問1 「このときに独創的な発想が生まれてくる。」はア〜エのどこに入るか。

 1 ア      2 イ      3 ウ      4 エ

問2 本文を通して、筆者は独創的な考え方をするには何が大切だと述べているか。

 1 何に対しても疑いを持って探求し、常識や固定観念にとらわれない可変的な思

   考をすること。 

 2 受身の発想でなく、常に新しい情報た知識を積極的に吸収しようとする姿勢を

   持ち続けること。

 3 与えられたものをこなす能力ではなく、自分で考え、自分で解決していく能力

   を身につけること。   

 4 常識や固定観念を打ち破り、自由な発想で物事を考え、他人の考えでなく、自

   分の経験と発想に基づいて行動すること。 

82
(3)幼児にとって対象物というものは、それが名前を持ったときにはじめて知られ、
ひ ろう
存在する。これに関して、興味深い経験をしたので披露しておきたい。走っている電

車の中の出来事だった。がらがらに空いている座席に母親とともに座っていた三歳ぐ

らいの女の子が、「デンシャ、デンシャ」と習いたての単語をつぶやいては、周囲の窓
かし
枠を手でさすって言葉と物のつながりを確認していた。( ① )そのうち、首を傾げ

ながら母親にこう尋ねたのである。「ママ、デンシャって人間?それともお人形?」

 言葉を覚えはじめたばかりの幼児にとって、毎日の瞬間、瞬間が新しい世界の意味

づけ行為の連続だ。しかし、言語の分節というのは、まことに非自然的な画定である。

だから、子どもの側では本能的に納得できないことが多い。おそらく、「電車」という

語を知る前には、この女の子の世界と意識は次のように分けられていただろう。一方

に「動くもの、そして柔らかく温かいもの」があり、他方に「動かないもの、そして

固く冷たいもの」というカテゴリーがある。これによって、「人間」と「人形」という

概念の差は無理なく処理されていた。「人形」はいくら人間に似ていても、「動かない、

固く冷たいもの」という全く別のカテゴリーに属していた。ところが、「デンシャ」と

いう言葉を習い、同時に実際に乗って、見て触って認識したとき、
「(   ②   )」

という新しいカテゴリーが誕生した。この子が混乱したのも無理はない。    

                    (丸山圭三郎「言葉と無意識」より)

問1 ( ① )に入る語はどれか。

 1 そのわりに           2 ところが

 3 とたんに            4 ところで

問2 ( ② )に入るのはどれか。

 1 動かないもの、そして固くて冷たいもの。 

 2 動かないもの、そして柔らかくて暖かいもの。

 3 動くもの、そして柔らかくて暖かいもの。

 4 動くもの、そして固くて冷たいもの。

83
解答と解説

問題Ⅰ
ひ きょう おも こ
卑怯: 思い込む:
う の み きわ
鵜呑みにする: 見極める:
ぎん み よ ち
吟味する: 余地:

<解   説>
問1:「それにしては」はほぼ「それなのに」と同義、「それどころか」は前の内容と

   実際が大きく違うことを表す接続詞。「なぜなら」は文末で「〜からだ」と呼応

   して原因・理由を述べる接続詞、 「だからといって」は「仮にそうであっても」

   という意味をそれぞれ表す。ここは、<仮に誰かが「卑怯だ」といったとして

   も>とつながるのが自然だとわかる。

問2:「鵜呑みにする」という慣用的な言い方を知っていれば問題ない。しかし、知ら

   なくても、後ろに続く「何が事実で何が意見なのか、を見極める必要がある」 

   とのつながりから意味が推測できるはず。

問3:「誰もが共有できる情報」と対立した関係にある語は何か。なお、「独断的」は

   根拠もなく自己の判断を下すことで、<意見=独断>とは限らない。

問4:文法解釈的には1〜4はどれも成立するのだが、<「〜と思う」をつけてみて、

   ……意味が違ってくるなら事実と考えて大体よさそうです。>という前の文の

   流れから考えて、<意味が違ってくる>解釈のものを選ぶことになる。
びょうしゃ
問5:<事実→個人の判断→話>となる点が問題。従って<世の中のことを描写する

   場合には、何らかの「判断」が入ってしまう>という内容に近いものを選択する。

問6:後ろに続く「……とは限らないからです」と自然につながるものを選択する。

問題Ⅱ
(1)

エジソン: 知ったかぶる:

<解   説>

問1:消去法が最善。2、3のようにエジソンのような発明家に限定された内容では

   ないので、1か4が残る。

84
問2:筆者は、知識を学ぶことが無意味だとは言っておらず、知識と行動とどちらが

   大切かも述べていない。<知識=思考に幅を与え、選択肢を増やす働き>であ

   ることを前提に、行動の重要性を述べている。なお、2について触れた文は本

   文中のどこにもない。

(2)
く あ あたま かた
組み合わせ: 頭が硬い:

<解   説>

問1:「このとき……」とあるので、すぐ前の文の内容が発生したときに、「独創的な

   発想が生まれてくる。」とつながることになる。その場合、アかウかが残るだろう。

問2:2、3は本文の内容と関係がないので、1か4が残ることになるが、4は後ろ

   半分の「自分の経験と発想に基づいて行動すること。」 が間違い。筆者は「自

   分の経験や既成の固定観念にとらわれて、……」とも述べている。

(3)
くび かし
首を傾げる: カテゴリー:

<解   説>

問1:「そのわりに」は「それにしては」「それなのに」とほぼ同義語。「ところが」は

   予期しない出来事の発生を述べる接続詞。「とたんに」は「その瞬間に」、「とこ

   ろで」は話題転換に使う接続詞。前の文と後ろの文のつながり方を見たとき、 

   後ろの文の内容は明らかに、予想外、予期しない出来事の発生。

問2:人間と対比させて「電車」がどうか、思い浮かべれば、難しくないはず。
    人間=動くもの、そして柔らかく温かいもの

    電車=(    )、そして(    )(    )

<第 10 回解答>
問題Ⅰ 問1:4 問2:1 問3:2 問4:3 問5:4 問6:2
問題Ⅱ (1)問1:1 問2:3   (2)問1:3 問2:1 
    (3)問1:2 問2:4 

85
第 11 回
問題Ⅰ 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。答えは、1、2、3、4から最
     も適当なものを一つ選びなさい。

 記憶は脳の大切な働きである。もし、「昔のことを覚えている」という心の働きや、

それを支える脳の仕組みがなくなってしまうと、私たちは永遠に「現在」に閉じこめ
(注1) いと
られてしまう。生まれ落ちてから死ぬまで、折りに触れ人生を振り返ってそれを愛お

しむこともできなくなってしまう。記憶という脳の働きがあるからこそ、私たちは人

間らしい生を享受することができるのである。

 記憶を支える脳の働きについては、現在、盛んに研究されている。記憶が最終的に

し蓄えられる大脳皮質の側頭葉、それを支える海馬といった領域の仕顔みが、徐々に
ぼうだい
明らかにされてきている。一日のうちに体験することは膨大だが、なぜそのうちの一

部分だけが記憶され、他のものは忘れられてしまうのか」。無意識のうちに書き込むべ

き記憶を選別している、脳の情動系の働きも明らかになってきている。

 また、記憶は、過去を振り返るだけではなく、未来に何が起こるかを予想することや、

新しいものを生み出す「創造性」の働きとも関係している。実際、未来を予想すると

きに活動する脳の領域は、過去を思い出す際に働く脳の領域に近いことが知られてい

るし、創造する際には、思い出すときと同じように「何かを知っている」という感覚

が先導役になると言われている。「( ③ )ことは思い出すことに似ている」と断言

する世界的な数学者もいるほどである。

 インターネット上にさまざまな情報が飛び交う現代において、自らが過去に体験し

たことを思い出すことは、ますます大切になってきているのではないか。情報は、単

に外からやってくるだけではない、自らの中から掘り起こすものでもある。無意識の

深層に眠っていて、長い間思い出すことのなかった記憶を想起し、揺り動かし、溶か

しているうちに、次第に何かが立ち上がってくる。(   ④   )。

 人間は現代に生きる存在であるとともに、過去をもう一度生き直すこともできる存

在である。とりわけ、戦争や災害、事件といった、人類・社会に大きな影響を与える
86
できごとについては、折りに触れ思い出し、記憶を新たにしていく必要があるのでは
(注2)
ないか。「あのときあんなことがあった」という生き生きとしたエピソード記憶を心の

中でよみがえらせることができるのは、人間だけに天が与えた特別な能力らしい。も
(注3)ふくいん
ちろん人間にとっては(  ⑤  )ことが福音である場合もあるが、私は「思い出す」

という人間の特権をむしろ大切にしたいと思う。人間は今をよりよく生きていくため

にも、過去を振り返り、その過去から教訓を学ぶこともできる存在なのである。

                    (茂木健一郎『脳の中の人生』)

 (注1)折に触れ:機会があるごとに。

 (注2)エピソード:物語や事件の本筋の間に挿入する小話。挿話。

 (注3)福音:心の救いになること。

問1 ①「私たちは人間らしい生を享受することができるのである」とあるが、ここ

   で筆者が「人間らしい生の享受」と考えていることは何か。

 1 辛い過去を忘れることができること。           
いと
 2 人生を振り返ってそれを愛おしむこと。

 3 「現在」の一瞬一瞬を大切に生きていくこと。           

 4 未来の夢の実現に向けて生きていくこと。

問2 ②「『何かを知っている』という感覚が先導役になると言われている。」とあるが、

   その内容の説明として適当なものはどれか。

 1 新しいものを生み出すには、過去の失敗の体験からいかに学ぶかが大切である。

 2 過去を振り返るだけではなく、未来に何が起こるかを予想すること

 3 何かを創造するとき、人は先ず自分の記憶の中にその糸口を探ろうとすること。

 4 人間の創造力というのは、普段は人が忘れている古い記憶の中に潜んでいる。

87
問3 ( ③ )に入る語はどれか。

 1 創造する            2 予想する  

 3 記憶する            4 想像する

問4 ( ④ )にはどの文が入るか。

 1 懐かしさがこみ上げてくる   

 2 新しいものを生み出す力が湧いてくる  

 3 未来の何かが見えてくる     

 4 昔の時間がよみがえってくる

問4 ( ⑤ )に入る語はどれか。

 1 記憶を新たにする        

 2 過去を忘れる   

 3 過去を愛おしむ        

 4 未来を夢見る

問4 ⑥「『思い出す』という人間の特権をむしろ大切にしたいと思う。」とあるが、 

   筆者が言いたいことは何か。

 1 記憶を心の中でよみがえらせることができるのは、人間だけが持つ特別なもの

   なので、大切にしてほしい。   
いと
 2 折りに触れて人生を振り返って、それを愛おしむ、そんなゆとりのある人間ら

   しい生活をしてほしい。

 3 過去を愛おしむだけでなく、今をよりよく生きるためにも、過去を振り返り、 

   そこから教訓を得ることが大切だ。

 4 過去の記憶を呼び起こすことこそ、新しいものを生み出す「創造性」の源とな

   るのであり、「思い出す」ことを大切にしてほしい。

88
問題Ⅱ 次の(1)から(3)の文章を読んで、それぞれの問いに対する答えとして、
     最も適当なものを1、2、3、4から一つ選びなさい。

(1)物事をはじめても、
「うまくなるまでは周りには黙っておこう。」と、こっそり習っ

ている人は多い。しかし、そういう人は決して上達しない。たとえば英会話を習うこ

とを思い浮かべてみれば、わかりやすい。下手だと恥ずかしいので、うまくなってか

ら人前でしゃべろうというのでは、絶対にうまくならない。特に語学の才能がない人

でも、下手だと笑われようと、どんどん人前で話すことで会話は上達していく。

それは語学習得だけではない。楽器なども一人で練習しているだけではなかなか上

達しないが、人前で発表するような機会があると、格段に上達するものだ。その際、

恥ずかしさを捨てることが上達の基本だ。といっても、恥ずかしいという気持ちをまっ

たくなくす必要はない。むしろ少しぐらい緊張感があった方がいい。恥ずかしい自分
② かっ こ
はあるが、とりあえず、その恥ずかしがる自分を括弧でくくっておいて、「ここでは、

今の自分の力を出しきってみよう」と、チャレンジすることが肝心なのだ。    

                   (斎藤孝「使える!『徒然草』」より)

問1 ①「それは」は何を指しているか。

 1 人前で発表する機会が多いほど上達すること。

 2 恥をかくことが多ければ多いほど上達すること。

 3 生まれつきの才能がなくても、人は努力すれば必ず上達すること 

 4 人前で恥をかくことを恐れずチャレンジする人が上達すること。

問2 ②「恥ずかしがる自分を括弧でくくっておいて」とあるが、これはどういうこ

   とを言っているか。

 1 自分の恥ずかしいという気持ちを、人に知られないようにすること。

 2 恥ずかしさを一旦心にしまって、勇気を出して試みること。

 3 恥ずかしさを強く意識することで、練習の励みにすること。        

 4 絶対に恥ずかしくないと、自分に言い聞かせ、暗示をかけること。

89
おそ ①

(2)
 一旦ケ一夕イを使い出すと、誰しもたいへん奇妙な感覚に襲われるようだ。常

に自分の側に置いておかないと、落ちつかない気分になる。大事なのはメッセージで

はない。それどころかメッセージが来るかどうかということですらない。メッセージ

がもたらされるチャンネルが確保されているかどうか、という点に関心があるようだ。

 一昔前までの社会生活であれば、人々は顔と顔を合わせて、互いに自分たちの情報
いだ
や考えを交換し、共通点を見出しては共感したり、連帯感を抱いたり、あるいは反発

しあったりするのが普通だった。だが、今は違う。メッセージなど大して意味を持た

ない。どこかに帰属しているという認識を持てなくなり、規範や共有できる価値観を

失った現代人は、他者とのつながりを求めて、無数の外部の他者を結びつけている媒

体にすがりつくこととなる。このケータイは膨大な人間をネットワークに包んでおり、

無数の他者と同じ対象を見たり、聞いたり、情報を共有している。 この同じ回路を共有

しているということで、自己の帰属欲求を満足させようとしているのである。だから、
おちい
ケ一夕イという他者と共有するチャンネルがないと、人は不安に陥るのである。  

             (正高信男「ケータイ依存で退化した日本人」より)

問1 ①「常に自分のそばに置いておかないと、落ちつかない気分になる。
」とあるが、

   それはなぜか。

 1 ケータイがないと、様々な新しい情報が手に入らなくなるから。

 2 ケータイがないのは、他者と自分を結びつける回路がないのと同じだから。

 3 ケータイという媒体がないと、他者にメッセージが送れないから。

 4 ケータイがないと、他者と同じ対象を見たり聞いたりできないから。

問2 ②「だが、今は違う。
」とあるが、以前に比べて、どこがどう変わったのか。

 1 異なる考えの人を避け、同じ考えを持つ人との交流しかしなくなった。

 2 情報選択の幅も広がり、価値観やライフスタイルも多様化した。      

 3 人と人の生身のつながりが薄れ、ケータイが他者とつながる回路となった。

 4 技術進歩のおかげで、個と個が顔を合わせずに情報交換できるようになった。

90
せいそく

(3)「自然」と聞くと、まず君は、海や山や、そこに生息する様々な動植物のことを
思うのではないだろうか。もちろんそれはその通りだ。生物としての人間は、そうい

う自然環境に取り巻かれて生きている。

 だけど、目に見えない自然もまた存在する。いや目に見えてはいるのだけど、近す

ぎるから忘れてしまう自然のことだ。何だと思う?それは、君の体のことだ。君は、

自分の体が( ① )だということに気がついていたかい。君は、今まで、自分の体

は自分のものだ、自分の意志でどうにでもなるものだと思っていなかったかい?だけ

ど、ちょっと考えてごらん。君の心臓が今動いているのは、君の意志かい?呼吸も消
はいせつ
化も排泄も全然君の意志なんかじゃない。君の体がそうであるように、君の意志を完

全に超えて動いているもの、それが自然、或いは自然生態系と言われるものなのさ。

 それなのに人間はこの当たり前のことを忘れ、自然の利用とか開発とかいう名の下

で、自然を人間の力で支配しようとし、その結果、自然破壊をもたらしたんだ。この
ご びゅう
人間中心主義こそ、近代科学の最大の誤謬であったと言えないだろうか。

                   (池田晶子「考える時間『自然』」より)

問1 ( ① )に入る語はどれか。

 1 人工物            2 自然物     
てんねん
 3 天然物            4 創造物

問2 本文で述べている筆者の考えと合っていないのはどれか。

 1 近代科学は、自然を人間がコントロール可能な対象と考え、そのために自然の

   法則を解明し、自然の利用法を探求してきた。

 2 自然は本来、人間の意志でコントロールできないものなのに、それを支配しよ

   うとすることから、環境破壊が生まれた。

 3 人の体が自然そのものであるように、人もまた自然とともに、自然の中で暮ら

   していくようにした方がいい。

 4 多くの人々は、自分の体が自分の意志を越えた自然そのものであることに気づ

   かないで暮らしている。

91
解答と解説

問題Ⅰ
おり ふ き おく あら

折に触れて: (記憶を)新たにする:
ふくいん

エピソード: 福音:

<解   説>

問1:選択肢の中から「記憶という脳の働き」にかかわるものを選ぶと、1と2が残るが、
   「生の享受」となると、1は消えることになる。

問2:何の先導役かを先ず考える。すると、文脈から「創造の先導役」とわかる。そこから、

   「創造」と無関係な1と2が除外され、3と4が残る。しかし、<「何かを知っ

   ている」という感覚>というのは、
「創造」の糸口を記憶の中から探ることなので、

   3が残ることになる。

問3:前の文の内容ととつながりから考えると、<創造するー思い出す>のセットが

   浮き上がる。

問4:昔の記憶を思い出したときに生ずることは、1か4になるが、この段落のポイ

   ントは「情報は……自らの中から掘り起こすものでもある。」点にあることを考

   えると、1の懐かしさという感情よりも、4の「昔の時間(=日々)」の出来事

   の方が適切になる。

問5:
「福音」というのは心の救いという意味なので、
「忘れる」がぴったりとなる。なお、

   ここでは「忘れる」と「思い出す」が対語としても用いられている。

問6:
「思い出す」ことはなぜ大切なのか、2も間違いではないのだが、筆者はこの段落、

   またすぐ後ろの文で、「思い出す」ことのもう一つの意義を述べている。

問題Ⅱ
(1)
かっ こ
括弧でくくる: チャレンジする:

<解   説>

問1:
「それ」は英会話が上達する人の例を指すが、その内容として適当なのはどれか。

   1か4かが問題だが、筆者は「恥ずかしさを捨てる」大切さを強調している。

92
問2:「括弧にくくる」というのは、「それはそれとして、別に考えて」という意味。

   自分の恥ずかしさを「人に知られないようにする」のでもなく、
「強く意識する」

   のでもなく、「恥ずかしくない」と言い聞かせるのでもなく、一旦、その感情を

   抑えて、今すべきことに全力を尽くすという意味。   

(2)

メッセージ: チャンネル:

すがりつく: ネットワーク:

<解   説>

問1:「ケータイ(携帯電話)」が今では自分と他者を結びつけている媒体、つまり最

   も大切な回路となっており、ケータイがないと孤絶した感じに陥ることが原因。

   「情報やメッセージ」(1、3、4)ができるかどうかは「大した意味を持たない」

   と筆者は述べている。

問2:1、2、4は一般論として間違っていないが、本文では触れられていない。

(3)
と ま ご びゅう
取り巻く: 誤謬:

<解   説>

問1:「自然」と「天然」は少し意味が異なる。「天然」は「人為の加わらない自然の

   ままの状態」という意味なので、ここでは不適当となる。

問2:質問を注意して読まないと間違う。「合わないものはどれか」という質問なので、

   合っているものから外していくとよい。2と4は明らかに正しいので、除外する。

   1か3かのどちらかだが、人がどのように生きたらいいかについては、本文で

   は全く述べられていないし、本文のテーマからも外れている。

   

<第 11 回解答>
問題Ⅰ 問1:2 問2:3 問3:1 問4:4 問5:2 問6:3
問題Ⅱ (1)問1:4 問2:2   (2)問1:2 問2:3 
    (3)問1:2 問2:3 

93
第 12 回
問題Ⅰ 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。答えは、1、2、3、4から最
     も適当なものを一つ選びなさい。

(注1) きゅう
 日本語で「ノー」を何というのか、と外国人に問われて私が返事に窮するのは、こ

のように日本語には英語の「ノー」にそっくり対応する言葉がないからである。日本

語では、ある場合は「いいえ」といい、ある場合は「ない」ともいい、あるときは「い

え」「いや」ともいい、またあるときは「ううん」などという。

 このことは何を意味するのだろう。おそらく、(   ①   )ということを語っ

ているのではあるまいか。特に会話の場合、はっきりと否定することは相手の感情を

害さないかと日本人は心配するのである。こういうところはきわめて日本的である。

 それをよく表しているのが、否定形をもって聞かれた場合、肯定形で返事をすると

いう言語習慣であろう。たとえば「あなたはロンドンヘ行ったことはありませんか?」

と聞かれると、行ったことがない場合、日本人は「はい、ありません」と答える。しかし、

英語でもフランス語でもドイツ語でも「いいえ、行ったことはありません」と答えな
(注2)
ければならない。なぜなら、イエスかノーかの返事は、あくまで自分の意志なり行動

なりについて言うのであって、行ったことがなければ「ノー」なのである。( ③ )、

日本人は常に相手のことを考える。相手が「…ありませんか」と聞いているのだから、

その質問に対して、相手の言う通りであれば、イエスと肯定すべきだと考えるのだ。

 だから英語などの会話で、日本人にとって何よりも難しいのは、イエス、ノーの使

い方である。「ノー」というのは、きっぱりと否定することであり、はっきりと断わる

ことでもある。ところが、日本人はどうもそれが苦手なのだ。常にいくばくかの肯定

の余地を残すのをマナーと考えるから、どうしても曖昧な否定表現を使うことになる。

そのいい例が「結構です」という慣用語であろう。この「結構」という言葉は「十

分満足できる状態である」ことを表す語であるが、断る場合にも用いられる。その場

合は、「自分はこのままで充分満足しているので、これ以上は望みません」ということ
む じゅん
であり、本来の意味と少しも矛盾した表現ではないのだが、
「コーヒー、いかがですか?」
94
すす
と勧められ、「結構です」(ヴエリイ・グッド)といえば、外国人ははっきりとした肯
(注3)
定と受けとるにちがいない。こうした行き違いはしばしばトラブルの元になる。
あいまい
 では、なぜ日本人はそのような曖昧な否定の表現を使うのか。それは、肯定とか否

定というのは、主体の意志や判断について言明されることであるが、日本人はその際

にも相手とのかかわりあいで使い分けるからである。「結構」とは「充分に満足すべき

状態」を意味なので、それが相手のことがらについて用いられるときには「すばらしい」

の意になり、自分について使うときには「今は充分満足しているので、これ以上は望
えんきょく
みません」という婉曲な拒絶の意となる。だから「結構です」といえば「ノー」であり、
「結

構ですね」というと「イエス」となる。「ね」を加えると、相手への同意であり、したがっ

て、「(   ⑥   )」ということになるのだ。     

                    (森本哲郎「日本語 表と裏」より)

 (注1)返事に窮する:どう答えていいかわからず、とても困る。

 (注2)あくまで:どこまでも。徹底して。

 (注3)トラブル:面倒なこと。もめごと。紛争。

問1 ( ① )にはどの文が入るか。

 1 英語の「ノー」に対応する日本語がない      

 2 日本人は相手の意思を尊重する

 3 きっぱり否定することを日本人は好まない    

 4 言葉でなく表情で否定の意思を伝える


問2 ②「きわめて日本的である」とあるが、この場合の「日本的」はどのような意

   味で使われているか。

 1 謙虚で礼儀正しい。        

 2 常に相手がどう思うかを気にする。

 3 無表情で、感情を顔に表さない。        

 4 優柔不断で論理性がない。

95
問3 ( ③ )に入る語はどれか。

 1 それにもまして         2 それにもかかわらず

 3 それに対して          4 それはさておき

問4 ④「その質問に対して、相手が言う通りであれば、イエスと肯定すべきだと考

   えるのだ。」とあるが、それはなぜか。

 1 自分の意志や行動よりも、客観的にどうなったかを重視するから。     

 2 「いいえ」という言葉の使用をできるだけ避けるのが日本の文化だから。

 3 事実がどうかよりも、言語習慣が重視されるから。

 4 質問への答では質問者がどう思っているか重視されるから。

問5 ⑤「そのいい例が」とあるが、「その」は何を指しているか。

 1 肯定の余地を残す  

 2 曖昧な否定表現

 3 マナー

 4 トラブル

問6 ( ⑥ )にはどの文が入るか。

 1 では、遠慮なくちょうだいいたします。

 2 お気持ちだけいただきます。

 3 もう充分いただきましたので、要りません。

 4 あなたが気に入ってくださって、私もうれしいです。

96
問題Ⅱ 次の(1)から(3)の文章を読んで、それぞれの問いに対する答えとして、
     最も適当なものを1、2、3、4から一つ選びなさい。

(1)仲間以外はみな風景。そう言ったのは社会学者の宮台真司さんである。どんな
にたくさんの人の中や公共の場にいても、若い人たちの目には、自分のすぐ横にいる

仲間や友だち以外は、電柱やガードレールなどの風景にしか映っていない、という意

味だ。きわめて信頼性の高い「若者の法則」だと思う。

 ( ア )、電車の中でもこの法則は通じる。( イ )満員電車に乗っていても、若

者にとっては、家具や植木鉢と同じ車両にいるという感覚しかない。( ウ )、平気

で化粧もすれば弁当も食べる。部屋の中で、「机が見ているから恥ずかしくてお化粧が

できない)」と言う人はいないだろう。それと同じことだと考えれば、「どうして電車
ぼうじゃく ぶ じん
であんな傍若無人なふるまいをするのか」という謎も解けるのではないか、と思う。

             (香山リカ「若者の法則」より)
ぼうじゃく ぶ じん
 (注1)傍若無人:人前も気にしないで、勝手気ままにふるまうこと。

問1 アイウに入る語の組み合わせとしてただしいのはどれか。

 1 ア:もちろん  イ:いくら   ウ:だから           

 2 ア:もちろん  イ:どんなに  ウ:しかし 

 3 ア:しかし   イ:いくら   ウ:もちろん        

 4 ア:しかし   イ:どんなに  ウ:だから

問2 ②「家具や植木鉢と同じ車両にいるという感覚しかない。」とあるが、その説明

   として適当なのはどれか。

 1 周りの乗客は、気をつかう必要のない自分の仲間だと感じていること。

 2 周りの乗客は、自分とは関係のない人間だと感じていること。

 3 周りの乗客は家のインテリアと同じで、電車の装飾品と感じていること。

 4 周りの乗客のことを、感情を持たないものとしか感じていないこと。

97
(2)「今度の日曜日に、お宅にうかがってもよろしいでしょうか」人を訪問したい時、
相手の都合を聞くのによくこういう言い方をします。
(注1)
 何でも平等という人が多くなって、日常、身のまわりから次第に影が薄くなってき

ているものの一つに、こうした謙譲語があります。相手よりも自分の方を低目に扱う

姿勢をあらわしますが、これを一概に、媚びとか屈従、被支配に結びつけるのはどう

かと思います。学歴、職歴を問わず、人生の辛苦に長年月耐えて生きてきた人に対す

る物言いは、同年の者への物言いとは異なるのが自然ではないでしょうか。謙譲を支
うやま
えるのは、たとえばこのような、内から自然に湧き出してくる「敬い」の気持ちのは

ずだと思うのです。謙譲語が使われなくなると言うことは、人を気づかうとか「敬い」

の気持ちとかが失われていくことのように思えるのです。

 言葉は意味が通じさえすればいいというのものではないと思います。日常の言葉に

は、そのまま、(  ①  )と気づいてから、私には言葉をめぐる楽しさも増えたか

わりに、不安も、恐ろしさも増えました。   (竹西寛子「国語の時間」より)

 (注1)影が薄くなる:あまり目立たななくなる。

 (注2)キャリア:(職業・生涯の)経歴。専門的技能を要する職業。

問1 ( ① )に入る文はどれか。

 1 人それぞれの生き方が表れている

 2 経済的な豊かさを測る基準である
(注2)
 3 その人のキャリアや経験が表れる

 4 生まれ育ちのよし悪しが表れる

問2 謙譲語に対する筆者の考え方と合っているものはどれか。

 1 謙譲語しだいに使われなくなったのは、社会が平等になったからである。

 2 謙譲語の使用は目上の人に対する礼儀であり、守るべき日本の美徳である。
うやま
 3 謙譲語とは、内から自然に湧き出してくる「敬い」の気持ちの現れである。

 4 媚びや屈従の謙譲語は使うべきではないが、「敬い」の謙譲語は使うべきだ。

98
(3)リサイクルという用語には狭い意味と広い意味とがある。狭い意味でのリサイ
クルは再生利用をいい、広い意味でのリサイクルとは資源循環とほぼ同義語で、再生

利用のほかに製品の再使用(リユース)や、ごみの発電、油化、固形燃料化、酸化剤

としての利用などのさまざまな有効利用を含めたものである。

 このリサイクルには次のような批判もある。すなわちリサイクルをしているからと
めんざい ふ
いって、それが大量生産、大量消費の免罪符となってはならない、という批判である。

確かにそれはそうだが、このようなリサイクル批判に対して、私には異論がないわけ

ではない。というのも、それでは大量という数量をいかほどに減少させればよいのか
はか
といった数値目標については何も言っていない( ② )。経済の回復と安定を図るた

めには、それに必要な量の生産と消費の活動が不可欠であり、経済と環境との両立こ

そが求められなければならないはずである。無駄な生産や消費は徹底的に改めなけれ

ばならないが、必要量の経済活動や消費生活から出てくる廃品や廃棄物は徹底的にリ

サイクルして、廃棄物の減量や資源の有効利用に努めること、これこそが問われてい

るのである。            (寄本勝美「リサイクル社会への道」より)

問1 ①「リサイクルをしているからといって、それが大量生産、大量消費の免罪符

   となってはならない」とあるが、この人たちの主張はどれか。

 1 経済と環境の両立は不可能であり、経済を取るか、環境を取るかの選択である。

 2 生産と消費を最小化・減量化する努力を抜きにしたリサイクル論は、現在の大

   量消費・大量生産と「使い捨て」の社会と共存する。

 3 リサイクルも大切だが、どうやって大量消費・大量生産型社会が生むゴミを減

   らせばいいかを考えなければ、悪循環の繰り返しである。

 4 再生製品の製造の過程にも資源やエネルギーが必要であり、資源やエネルギー

   の消費はむしろ増えることになる。

問2 ( ② )に入る語はどれか。

 1 ことになる          2 はずである  

 3 ものである          4 からである

99
解答と解説

問題Ⅰ
へん じ きゅう
返事に窮する: あくまで:
すす
いくばくか: 勧める:
い ちが
行き違い: トラブル:

<解   説>

問1:後ろに続く、「はっきりと否定することは相手の感情を害さないかと日本人は心
   配する」に自然につながるものを選ぶ必要がある。

問2:問1と同じで、「相手の感情を害さないかと心配する」と同じ内容のものを選べ

   ばいい。日本人の国民性として「他人の目を気にする」はよく挙げられる。

問3:前の文と後ろの文は、欧米人の答え方と、日本人の答え方の対比となっている。

   従って、3が解答なのだが、「それにもまして」は「それ以上に」、「それにもか

   かわらず」は「それなのに」、「それはさておき」は「その事は一旦保留して」 

   という意味をそれぞれ表す接続詞。

問4:1、3は明らかな間違いで、答えは2か4になるが、「相手が言う通りであれば、

   イエス」というのは、日本人は会話の時、相手の意向や気持ちを先に考えるか

   らで、4が残ることになる。

問5:1と4は明らかな間違い。断りに使う「結構です」はイエス・ノーがはっきり

   しない点では曖昧表現、「もう充分ですので、……」という意味を表す点では婉

   曲表現とも言える。

問6:「結構ですね」は相手の勧めや申し出への同意なので、コーヒーを勧められた例

   で言えば、
「では、遠慮なくいただきます」の意味になる。「ちょうだいする」と「い

   ただく」は、どちらも「食べる・飲む」の意味でも使う謙譲語。

問題Ⅱ
(1)
ぼうじゃく ぶ じん

ガードレール: 傍若無人:
なぞ と
謎を解く:

100
<解   説>

問1:前の文と後ろの文は対立することがらではないので、アは「しかし」ではない。

   とすると、イはどちらかということになるが、「どんなに〜ても」は程度を問題

   にする時に使う副詞なので、不適当となる。

問2:消去法で解く。1は明らかな間違い、2は「人間だと感じる」が間違い、3は「装

   飾品と感じる」が間違い。

(2)
かげ うす もの い
影が薄い: 物言い:

<解   説>

問1:後ろに続く文の、<楽しさも増えたが、不安や恐ろしさも増えた>という内容

   につながるものを選ぶ必要がある。

問2:2か3か迷うかもしれないが、筆者は<謙譲語=守るべき礼儀>という言い方

   はどこにもしていない。1は「社会が平等になった」が間違い。

(3)
めんざい ふ
免罪符: いかほど:
はか
図る:

<解   説>

問1:1と4は本文で触れられていないか、本文と無関係の内容。したがって、2か
   3かになるが、「大量生産、大量消費の免罪符となってはならない」は「ゴミの

   減量化」ではなく、大量生産、大量消費の経済社会そのものへの批判であるこ

   とに注意しよう。

問2:意味からも原因・理由の説明だとわかるが、「というのは/というのも〜からだ」

   は、表現文型としても取り上げられている慣用的な言い方。

<第 12 回解答>
問題Ⅰ 問1:3 問2:2 問3:3 問4:4 問5:2 問6:1
問題Ⅱ (1)問1:1 問2:4   (2)問1:1 問2:3 
    (3)問1:2 問2:4 

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